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カーニバル、交錯する人と夜(部分)

 







 

「いいか、一回勝負だぜ」
「おお」
「最初はグー。じゃーん、けん……」
 夜のキッチン。空になった酒瓶の隣で、真剣な顔をした男が二人、握りこぶしに全ての気迫を込めて突きだした。
「ぽん!」

「やっりぃ! 俺の勝ちー!」
「………」
 金髪の方がパーの形に拡げたままの手を頭上に突き上げて勝利を宣言する。対して緑頭の方はグーの形に握った拳を見つめて無言で肩を落とした。
「あーあ、今日は俺そっちの気分じゃなかったんだけどなぁ……」
「ナニ、今更そんな泣き言は聞かねぇぞ。負けは負け。おら、さっさと先にシャワー浴びて準備してこい。俺ぁここ片づけてくからよ」
「へぇへぇ。わあってるって」
 おざなりに返事をして、緑頭の剣士、ロロノア・ゾロはのっそりと立ち上がった。酒には強く、アルコールに酔ったわけではないが、気に入ったワインと酒肴で気分は上々。じゃんけんに負けたことは──何であれ勝負ごとに負けるのは腹立たしいが──それでもまあしょうがないか程度にしか思わなかった。
 時刻は深夜。サニー号の対面キッチンで金髪コックのサンジと密やかに酒盛りをして、そして大体こういう流れになればいつも次は同じ行動というか結果に至るのだが、その前に次のステップへの約束事として決めておかねばならないことがあった。
 つまり、「どちらが上もしくは下になるか」

 二人はいつの時、何のきっかけだか忘れたが、いつの間にか性欲を吐き出し合う関係になって、そしてその方向は必ずどちらか一方通行というものではなかった。
 まあ結局、雄の本能として突っ込みたい、というものがあり、それをどちらかに固定するのは不公平だろうと当初かわりばんこにやってみたら、意外と突っ込まれるのもそれなりに悪くないんじゃねえ? という感想をほとんど同時に持ってしまった。
 それは普段の生活からしてどこまでも対等、少なくとも自分の方が格下に甘んじるなんてことは死んでも認められない二人にとっては割と好都合だったりするのだが、それでも、二人がどちらも上をやりたいだの今日はちょっと下って気分、なんて時は一番手っ取り早い解決法として先ほどの方法が採られる。つまり、じゃんけんだ。
 今夜も軽い酒盛りから始まって、ワイン一本開けた頃合いにサンジがにこにこしながら言ったものだ。
「いやー、お前もマリモのくせにこうやってみると結構可愛いとこあるよなァ……髪の毛とかさあ、意外と柔らかいんだよねえ」
 笑いながら手をゾロの頭に乗せて手触りを楽しむように軽く弾ませる。ゾロは内心、
(あ、コイツ今日は『上』モードだな)
 と判断し、サンジに気づかれない程度に軽く眉をひそめた。
(どうすっかな……俺ァ別にどうしても上に乗っかりてえって感じでもねえけど、こういう状態のヤツの相手はちょっとばかし苦手かも)
 と思ったのでさっさと言った。
「おい、俺ぁ今日、上がいいんだが」
 間髪入れずサンジがにこにこ顔を崩さずに言う。
「え? お前も? しょうがねえなあ」
 そして冒頭のシーンに戻るのである。

 結局、ゾロは僅かな可能性に賭けたものの、じゃんけんの神様がゾロとサンジの感情を比較し吟味してサンジの方に手を貸したのか、サンジの希望どおりに役割が決定してしまった。
(まあ別にいいけどな)
 ゾロは浴室へ向かいながら夜空を見上げてひとつ、ほうと軽く息をついた。今夜の酒は美味かった。肴も好物ばかりだったし、コックとの秘密の酒盛りも穏やかで楽しかった。このいい気分の魔法はそのまま夜中じゅう解けることはないだろう。

 シャワーを浴びてその上のトレーニングルームでしばしサンジを待つ。ここはゾロのために造られたといってもいいスペースなので、普段昼間でもよっぽどゾロ自身に用事がある者以外は足を運んでこない。それをいいことに、二人はセックスに必要なものをここにこっそりと常備していた。
「待たせたか?」
「いや、大して」
 サンジが大急ぎでシャワーを浴びてきたといった風情で、シャツを羽織っただけの姿でひょいとやって来た。
 ゾロは隅からマットレスを引きずり出して来たところで、こちらの方はズボン一丁だけで上半身は裸だ。
 それを見たサンジはつかつかと歩み寄るや否や、くいっとゾロの頭を引き寄せ、べろーりと長いキスを仕掛けた。ゾロは性急なサンジの行動に「うむう」を鼻声で抗議をしたが、それはすぐに熱心に口内を探るサンジの舌の動きに立ち消えた。
 二人分のはっはっという呼吸音が響き、舌と舌が絡み合う粘着質の音がそれに重なる。
 ゾロは手を伸ばしてサンジのスラックスのベルトを外し、前たての部分をくつろげた。
「焦るなっつの。それよりお前、オイル出してある?」
「いんや……出そうとしてたんだよ、俺は。そこへお前がいきなり盛りやがって。テメエの方が焦ってンじゃねえか。いきなり仕掛けるなんざ」
「んー悪りい悪りい。だってマリモちゃん可愛いんだもん。もう上脱いじゃってエロいったらありゃしねえ」
「何が可愛いだ。こんなむさい野郎の筋肉見て欲情できるなんざテメエくらいのもんだぜ。悪趣味め」
「悪趣味はお互いさまだっつの。でも俺はちゃあんとお前が可愛く見えるぜ? ふわふわの緑藻類で、サボテンみたいに硬いのかと思えばああらホントはエンジェルの羽根のよう、手触りいいったらありゃしねえ」
「……テメエ本当は喧嘩売ってるんじゃねえだろうな」
「まさか! 心の底からその通り思ってマスヨー。僕のエンジェル、マイスイートハニー、今宵は僕の腕の中で素敵な声を聞かせておくれ」
「……帰って寝させてくれ」