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竜の血脈(部分)

 







 

「おう、邪魔するぜ」
「…──! …ゾロ…なぜここに?」
「なぜたあ、ご挨拶だな。以前言ってたろ? 働かざるもの食うべからず。少しまともに動けるようになったからな、仕事をもらいにきた」
「え…。まさか本気で…?」
「おう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。すぐには思いつかない、というか、今のアンタに合った仕事と言ったって」
 慌てふためくアレックを尻目に、ゾロは悠々と空いた椅子に腰掛けた。ぎし、と音を立てて背もたれが軋む。
「別に今すぐってわけじゃねえよ。まあ挨拶がてらな。それと、宣戦布告かな」
「…宣戦布告?」
 さらにアレックの目が丸くなる。
「おうよ。次のラティエスの交合飛翔は、俺が獲(と)る」
「…なっ!」
「もういい加減じっとしているのも飽きたからな」
「そんなこと…だけどわかってるのか? アンタ今だって杖ついてようやく歩いてる状態なんだぞ? そんな状態で交合飛翔なんか、ましてや統領として糸降りを指揮することなんてできるわけがない!」
「まあ、大抵の人間がそう言うだろうよ。俺も他人(ひと)ごとならそう思う。だけど、だからといって諦めるわけにはいかねえんだ。こうやって俺は自分を計ってるのさ。『俺にこれがやってのけられるのか?』ってな」
 片頬を歪めてにやり、と笑った。ランプの炎がゆらりと揺らいでゾロの顔に影を作る。アレックは名状しがたいゾロの迫力に気圧されて黙り込んだ。
「………」
「じゃあな、とりあえず用はそれだけだ。俺の仕事、考えておいてくれよ?」
 ゾロはゆっくりと立ち上がると、来たときと同じように、かつんかつんと杖の音をさせて立ち去った。
 後には黙ってランプをじっと睨んでいるアレックが残された。


(中略)

 


「なあゾロ」
「おう?」
「お前、あの怪我したときの…」
 言いかけてサンジは口を噤んだ。ゾロは椅子に腰掛けたまま、錘のついた棒を握りこんで、腕の力でそれを上下させるというトレーニングをしている。
「きゅうじゅう、はち──きゅうじゅう、く──ひゃく──よし」
 右腕が終わり、左腕に持ち替える。
「いち───に───さん───し───」
「同じ重さで大丈夫なのかよ」
 サンジが気が付いて言った。しかしゾロはそれには応えず、黙々と同じ動作を繰り返す。
 はあ、とサンジは呆れたように軽く息をついた。しょうがねえか。元々コイツは肉体酷使するの好きだったもんなあ…。
「腕の力が少し必要になるんだ」
 サンジがぼうっと今朝がた見た壁画のことを考えていたとき、ゾロがぽつりと漏らした。
「え?」
「まだちょいと脚の力が弱いからな。フランキーが騎乗帯を少しいじって、竜の背によじ登るときに脚が利かない分を腕で引き上げられるようにしてくれるってよ」
「へえぇ…」
 サンジは心底感心したが、あがったのは間抜けな声だった。するとゾロは本当にバシリスに乗ることができるようになるのだ。長かったが、ゾロが受けた傷の深刻さを考えれば充分奇跡と言えるだろう。
「それと、さっきアレックから話があった。竜児ノ騎士ノ長ノ補佐を任命されたよ」
 淡々と告げられた言葉に、今度はサンジの声が不機嫌に沈む。
「へえ…」
 ゾロはサンジの纏う空気がすっと冷えたのを察して、くいと振り向き、言った。
「おっと、そんな顔するなよ。これは俺の方から『お願い』したんだからな。動けるようになったから、仕事をくれって」
 サンジの眉間の皺はさらに深くなった。むすう、と口さえ尖ってくる。ゾロはふ、と柔らかに笑うと、錘を下ろし、サンジの頬にそっと指で触れた。
「お前、ホント、怒るとアヒルみてえな。昔っから変わんねえ」
「ばかやろ。そうやって誤魔化すんじゃねえ。俺は今だって面白くねえんだ。お前のようなヤツが下っぱ仕事をするなんて」
「サンジ。仕事に上下なんてないぞ。お前そういう考え方してたらいつか足下すくわれるぞ。各自ができることをやる、それでいいじゃねえか。お前は能力があるから洞母という役割がある。俺は今は竜騎士として能力が足りてねえ。それだけだ」
「………」
 わかっている。サンジだって充分に頭の中では理解しているのだが、ただ感情が拒否するのだ。
「それに、それを言うのと同時に、アレックに宣戦布告してきたからな。後には引けねえ」
「宣戦布告ってそれどういう…?」
 それにはゾロは鼻で笑っただけで答えない。サンジの眉間の皺が別の種類に変わったのを確認して、ゾロは伸ばした手でサンジの肩を押し、そのまま身体ごとのしかかった。
「お前にも宣戦布告してやろうか」
 にやにやと笑うゾロに、サンジは抗議の声を上げかけたが、結局簡単に降参した。