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踊りの名手は相手を選ぶ(部分)

 







 

 翌朝、からっぽの寝台を見て、ゾロはまた胸の奥底からぞわりとしたモノが這い上がってくるのを感じた。それに抗うように頭の中で勝手に理由が組み立てられていく。
(粗餐がそのまま祝宴になって、酒量を量り損ねてダウンしたのだろう。あのアホにはよくある話だ)
 全く、強引に押してこられるとついつい断れなくなってしまうのがアイツの悪い癖だ。
 相手の善意を信じていると言えば聞こえはいいが、世の中善人ばかりとは限らないのだぞ。
 まさかとは思うが、酒に酔いつぶれてしまったとしたら、あの太守にくったりとした無防備な姿を晒してしまったかもしれない。あの太守が酒のせいにして仮にも洞母に対して手を出してしまうような浅はかな真似をするだろうか。
 太守という地位を考えれば、そしてそれが意味するものをきちんと理解する頭があれば、そのような真似はしないと思う。思うが、もし、もしも万が一……。
 ──サンジが応と言ったら──?

 太守とサンジの重ねた手が脳裏をよぎった。サンジはさりげなく外していたが、あのあと残るといったとき、穏やかな笑顔を浮かべていた。
 当然だ。振り払うわけにもいくまい。仮にも城砦の太守だ。無碍に扱うわけにはいかないのだ。サンジはそこいらへん自分よりずっとわきまえているし、自分よりずっと他人のいろいろな思惑が絡んだ視線には慣れている。
 あの柔らかな笑みは、そういった時の防波堤でもあるはずだ。

 ゾロは、サンジが本当はあけっぴろげに笑うことを知っていた。大口を開けて涙を流しながらげらげら笑いあう楽しさを、その時の屈託のない明るい声を知っていた。
 本当はああいう風にガキっぽく笑うヤツなんだ。大抵の人間はサンジが人当たりのいい優しい洞母だと思っているが、根っこのところではとんでもない頑固だったり、芯では男としか言えない考え方をする。ただ、育ちと立場のせいで、常に冷静に自分を装うことができるので、誰もが彼を見た目通りの柔和で優しい人間だと思っているのだ。
(それを考えると、とんでもない外面作り野郎だよなあ)
 ゾロはそこまで考えて、顔を引き締めた。
 あのソツのない人当たりの良さはサンジを守るが、同時に付け入られる元でもある。
 だからあの太守はサンジを籠絡しようとしているのかもしれない。
 女性の洞母ならば、柔和さよりも気丈さの鎧を纏うだろうが、サンジは男性であるがゆえに逆になるしかなかった。

 延々と内省に耽(ふけ)っていたため、ゾロは最初岩室に入ってきた影に気づかなかった。
「あー、すっかり朝帰りになっちまった。疲れたぜえ。ただいま、ゾロ」
「え……おう」
 ゾロはサンジが騎乗服を脱いで壁に掛け、次いで騎乗手袋、騎乗帽を脇の卓に億劫そうに放り投げるのをぼんやりと目で追った。
「お前、まだ朝メシ食ってないの? ならちょうどいいや、俺さっと風呂に入ってくるから一緒に食おうぜ」
「え……おう」
「いい加減目を覚ませよ。寝ぼけすぎだぜ」
 サンジはそう言い置いて、さっさと奥の浴室に消えた。さあさあと湯の流れる音が聞こえてくる。
 ゾロは全く心の準備が出来ていないうちにサンジが現れたのでなんと声を掛けたものか詰まったのだった。
 ──あの太守とは何もなかったよな?
 ばかな。こんなセリフはまるで妻の浮気を怖れている嫉妬深い亭主じゃないか。
 いやしかし俺たちは一応大厳洞ノ統領と洞母で、これは公然と認められた夫婦のようなモンだし。
 でもそれは交合飛翔ノ伴侶ノ騎士だというしきたりに過ぎない。まず竜が先なのだから、世間一般の夫婦とは違うだろう。
 いやでも、いやしかし、とまたまたゾロは一歩も動かないまま頭の中をぐるぐるさせていた。