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蒼炎の陰謀(前編)(部分)

 







 

 ゾロが首を巡らせて音のした方を見ると、白衣を着た金髪の男と視線が合った。
「おやおや。一服しにきたら、誰かに会うなんて珍しいこと」
 その男はまるでその場所が自分のものであるかのような言い方をした。ゾロは微かにムッとして、それが表情に出たのだろう、
「誰だ、お前」と言うと、
「お前こそなんだ」と返された。
 その金髪の男は面白そうな表情でゾロを観察した。ゾロもまたあからさまにじろじろと見返した。
 やがて金髪の男はふ、と目元を緩ませて言った。
「入院患者か。ここに居るってことはそれほど軽症ってわけでもねえ筈だが、その割りにおっかねえ視線をくれやがる……。そんなにガンくれんなよ。俺ぁサンジって言う。監察医だ」
「監察医ってなんだ?」
「んー、あまり知られてないけど、簡単に言えば死体を解剖して、死因をつきとめる仕事、か。生きてる限りお前には関係ねえ」
「へえ……」
 ゾロは少し目を剥いた。白衣を着ているから、自分のように患者や見舞客ではない病院側の人間だろうとは思っていたが、軟派な雰囲気から何かの助手あたりだと思っていた。しかし一応は医者の範疇らしい。
「俺は名乗ったんだから、お前も名前聞かせろよ。お前病棟ドコ?」
「……ゾロ。ロロノア・ゾロだ。結核で入院してる。病棟は東棟の二階だ」
「へえ、東棟ね……ってお前、東ってことは結構重症じゃねえか! こんな遠くまでこのこのこ出歩いてちゃまずいだろう! 早くベッドに戻って安静にしてねえと!」
「問題ねえ。担当医の許可も得て散歩してるんだ。もうここへだって何回も来てる」
「本当に? いやお前が嘘を言ってるとは思わねえが……。だが普通散歩の許可が出てても、せいぜい中庭程度だぞ。ここはまだ一応敷地内とはいえ、ほとんど裏山と言って良いくらい離れてる。一体何時間の散歩だよ」
「まあ……確かに少しばかり遠くまで来ちまったけど」
 ゾロが少し視線を外して口ごもる。本当はこんな長時間は許されていない。帰ったら看護師長からかなりお小言を言われるだろう。
 そんなゾロを面白そうに眺めると、サンジは懐に手を入れて煙草のパッケージを取り出した。とんとん、と軽く叩いて一本取り出すと口にくわえる。
「長い入院生活には飽き飽きしてるってツラだな。散歩の許可が出たんで浮かれて歩きすぎたんだろう。この一本吸い終わったら病棟まで送ってやるから、それまで話し相手につき合え」
「何で俺がお前なんかに」
 上から目線的な言い様にムッときて、ゾロはふいと顔を逸らした。
 サンジは煙草の煙がゾロの方へ行かないよう、最初の距離から近寄ろうとはせず、落葉松の木にもたれかかって紫煙を細く吐き出す。そうしながら背けたゾロの横顔を観察した。
(はん……ロロノア・ゾロね……)
 これがゾロとサンジの初めての出会いだった。



 その後もちょくちょくゾロが散歩のたびにその場所へ行くと、サンジというちょっと風変わりな医者によく会った。
 サンジの方が先にベンチに座っていたり、逆にゾロが休んでいるところにサンジがひょっこり現れたりと、時間もまちまちだったが、いつも存在感があまり感じられずにいつの間にか現れ消える、それはまるで彼の好む煙草の煙のようだった。
(マジで医者なのかよ、こんなヤツが)
 ゾロもまた会うたびに他愛もない会話をすこしづつ重ねるようになったが、会話を交わすたびにこの金髪の優男が『医者』という堅い職業の人間とは思えなくなってくるのだった。



「最近、ご機嫌ですね、ドクター・サンジ」
「そう見える?」
「ええ、なんだか最初にいらした頃よりずっと柔らかくなったというか……何かいいことでもありました?」
「そんな特別なことは何もねえよ。だけど、俺ってそんなに最初怖かったかな?」
「怖いというのではないですよ。まあ慣れてきたということでしょうかね?」
「そうだな。ずっとここに居るあんた達には悪いけど、こんな僻地に転任させられて、あまり楽しめねえって不機嫌だったことはまあ、あったな」
「ふふ、まあ確かにそうですよね。ここは敷地内で全て完結してるし、その分他の街とはかなり離れていて、普通に娯楽を楽しもうと思ったら休暇をとって出掛けないとならないですしね。職員のために多少の施設はあると言っても、やっぱり刺激には不足しますから」
「まあなあ。街に居れば、毎日誰かしら新しい人間に会ったり新しい事件に出くわしたりするモンだが、ここじゃあ会う人間といったら医者か看護師、研究者かその家族、もしくは患者だけだし」
「でも平和でもあります。都会の刺激に疲れた人間にとってはそれが有り難いという人もいますよ。ドクターも平穏な日々が意外とよいということをようやく理解ってきたのではないですか?」
 くす、とサンジがこっそり笑ったのをこの助手は気づかなかった。
「そうかもな。平和が一番、だよな」
 そう言いながらサンジは平穏とはほど遠い男──ロロノア・ゾロのことを思い出していた。


 ロロノア・ゾロと言えば。
(大剣豪に一番近い、と言われた男じゃねえか)
 現在の大剣豪、鷹の目のミホークと正面切って戦って敗れたことはあまり知られていない。なのにサンジは独自の情報網から、ゾロとミホークの対戦の様子や、その時にミホークがゾロを評して言った言葉、何より殺さないで怪我に留めさせたという事実から、かなりゾロに期待を掛けているだろうことまで看破していた。
 その後、まさかその傷から結核まで発症してこんなところで養生をしているとは思わなかったが。
(これはおもしれえ)
 サンジは煙草を銜えた口でにやりと笑った。



 この世界、銃はあるが、それでも「一番強い者」は常に必ず剣士だった。いつの世でも「その時代の最強の男」というのは剣士であり、いつしか「大剣豪」という称号が自然に広まり根付いた。
「大剣豪」にまつわる噂はいろいろある。曰く、刀の一振りで銃の弾丸を止めただの、建物をまっぷたつに割っただの、炎や海や、普通刃で切れるはずが無いものを斬っただの。
 サンジはそれらの噂を全て眉つばものだと思ってはいたが、常に新しい噂が出続けるために全く頭から否定もできず、いつか機会があればそういった剣士の技量を見てみたいと思っていた。
(それが、まさか結核で入院とはね)
 ゾロの仏頂面が目に浮かぶ。眉間に皺を寄せて不機嫌そうな顔つきは、対峙する剣士相手にはいいだろうが、一般の人々には引かれまくってるに違いない。
(医者相手にだって、アレだもんなあ)
 あれで人生問題なく渡っているとしたら、随分と運がよいことだ。と考えてサンジはすぐにその考えを打ち消した。いや、問題ないはずはねえ。こんなところにいる段階ですでに人生の迷子じゃねえか。

(退屈な仕事と思っていたが、思いがけないところで気ばらしができそうだ)
 今度会ったら何を話そうか──別に話題が豊富なわけでもないゾロを会話に引きずり出すのも楽しいし、お互い黙りこくっていてもそれはそれで居心地がよかった。