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パラキシャル フォーカス(10)




■手記



「……能力者だと………?」
酷い有様で帰ってきた部下たちからの報告を聞いて、オキーフは眉をひそめた。
なにしろグランドライン。能力者に出会うことはないとは言えないが、まさかターゲットの人物が能力者だったとは、予想の範囲外だった。
(…………………)
沈黙があたりを支配する。
まだ時々うめき声を上げる男達も、オキーフの思案する様子に、一斉にうなだれて次の言葉をひたすら待った。
(まずいな………)
部下達の焦燥し、疲弊しきってうなだれた顔から、彼らの士気がことごとく落ちているのを感じ取って内心で舌打ちをする。
(力で太刀打ちできないならば、別の方法で責めればよいだけのことだが、その前にこ奴らの士気を高めておかねば使い物にならん)
(さてどうするかな……)

素早く考えをまとめると、やおらゆっくりと口を開いた。
「意外な事実ではあったが、まあ今の段階でそれを知っておけただけでも良しとするべきだろう。そしてよく考えてみたが、実はそれほど意外でもない。なぜかと言うに、このターゲットはそれだけの価値のある情報を持っているからだ」
「我々が、遙か遠くノースブルーより、遠くこのグランドラインまで長い道のりを辿ってきたわけを、今こそ話そう」

男達は、傷つき、汚れきった顔を上げ、オキーフに視線を集中させた。

「───ある時、ひとりの男がノースブルーのとある港へ辿り着いた。その人物は長い間、そう三十年ほど前から乗り込んだ船ごと行方不明とされていて、既に乗組員まるごと生存をとうに諦められていた。
その者ひとりだけが戻ってきたわけだが、非常に奇妙なことに、家族や親類縁者、友人全てが彼を否定したのだ。
いや、否定というよりは、認識できない、と言うべきか。
つまりは彼が航海に乗り出した年から考えて、すでに老人といってもいいくらい年月が経っていたにもかかわらず、彼はほんの数年しか経っていないような容姿だったのだ。
───これが何を意味するか、わかるかね?

………話をもっと続けよう。
彼は、自分が三十年も行方不明だったとは信じられずに自分の話を主張したが、あまりにも自分の記憶と周囲が異なっていることや、周囲が彼をキチガイ呼ばわりすることに耐えられず、独りで海のほとりに掘っ立て小屋を建ててそこで孤独のうちに残りの人生を生きて、死んだ。
最初は年取った家族とも暮らしていたようだが、家族ですら彼を気味悪がったんだろうな、記録によると一ヶ月ほどで家を出、家族も特に追わなかったらしい。
調べると、彼は海ばかり見つめ、たまに近くの村で日雇いのような仕事を請け負って、稼いだ金はほとんど酒代に消えているような暮らしだったという。そして、ある日海へ身を投げて、彼の人生は終わった」

そこで一旦オキーフは言葉を切り、部下の男達の顔を見渡した。
男達はどうだ?わかったか?というように一様にいぶかしい顔つきをしていたが、オキーフは構わずに話を続けた。

「さて、ここからが肝心な話になる。その男が死んだ後、小屋から出てきたものがある。ほとんどはガラクタばかりで何の価値もないものだったが、その中に彼が失意の日々を送りながら書き付けた手記があってね。
周囲から拒絶され、誰にも受け入れられてもらえず、だけども自分の心情をどこかに吐き出したかったのだろう……まあ、ほとんどは世間への恨み辛みのようなものだったが、ある部分が非常に興味をそそられた訳で、ふとした偶然が重なりそれは我々のボスの手まで渡った」
 
『ふとした偶然』がどのようなものかはそこにいた男達の誰しもがおぼろげながらも思い当たるものがあって、そこで初めて男達の間に緊張感が漂った。
「そしてこれがその手記の問題の箇所だ」
オキーフはジャケットの内ポケットから黒い皮表紙の手帳を取り出し、それを開くと中から丁寧な手つきで四つに折りたたんだ紙を開いた。

───『航海日誌より書き写す: ○月×日 嵐を抜けるとロ  ースが狂ってしまっていた。くるくると廻ってちっ も一方向を指そうとしない。こうなっ は死を覚悟するしかない。だがそれまで壊れていると思われていた例のエターナルポ スが今度は一方向をぴたりと指し示すのだ。
ほかにどうしようもないので、指  方角へひたすら進む。すると奇跡の水 へと辿り着いた。とても信じら
……ここでは時が止まるのか。どうやって帰路へ着いた かも解らない。ようやく辿り着いた故郷では、何故か不 議なことに皆自分より年を重ねている』

そして、別の部分だ。もうここらへんはかなり気がおかしくなってきているようだ。

───『誰もだれもだれもオレに手を触れるな。腹がよじれるあたまがオカシクなるしかしもう耐えられないいつかいいいつかぜったいにみていろオレは。あれは本当だったみんな死んだ死んだだけど本当にあったんだ美しいものだいやオレはまちがっちゃいねぇそうだコレを鍵をソコへ至る鍵はオレが持ってる持ってるからまたいつか行くでもどうやってどうするどう、けどだれかにとられたらもういけネェ。隠せ隠せどっかぜってぇみつからねぇところへ隠せばイイ』

……まあ、ずいぶんと変ではあるがまだ文章として意味がわからなくもない。そして別の日らしい、こう続く。

───『みっけた。いい場所をみっけた。ここならぜってぇ見つからねぇ。片目のガキに託す』

ここで終わっている」

しばらく、オキーフは男達の反応を伺ってそのまま黙っていた。男達はちらり、ちらりと視線を交わしあって、お互いの理解の程度を探っていたが、空気中にはさかんにハテナマークが飛び交っていた。
オキーフはしょうがない、というようにひとつため息をつくと肩をそびやかしてもう一度口を開いた。
「ここでわかるのが三点。ひとつはこの男が到達した『ある場所』がかなり特殊な場所であり、そこで何らかの作用を受けるかどうかして、男が若いままの容姿を保っていたということ。
そしてもうひとつは、男はその場所へもう一度行くつもりであり、そこへ至るための『鍵』─それは何を指すのかわからないが─を所持していたこと。そして」
そこで一旦言葉をわざと切って男達の顔を眺めわたした。
「その『鍵』を渡した。『片目のガキ』に」

オキーフはさらに続ける。
「これがちょうど今から十三年前。ガキといっても何歳だかわからんが、今ではもうそれなりに成長している筈だ。我らはこの手記を手に入れてからすぐに、当時その近所に住んでいた子供を捜した。さすがに年月が経っているから困難を極めたがね。しかしなんとか、『片目』というキーワードでそういった子供がいたことと、その子供がどこかの客船に乗り込んだらしいことまでわかった」
「それからその子供の足取りを辿ったが、いやはや、さすがに何度も諦めかけた。客船の正式な乗客でもないので記録もない。それでも地道な聞き込みのおかげでなんとかその小僧が乗り組んでいた船を特定した。そこで捕まえようとした矢先、その船が海賊に襲われて沈んでしまったという報告が上がってきた」
「いくらなんでも海に沈んでしまったものはしょうがない。我々はその小僧を追うことを諦めた。が、しかし、天は我らを見放しはしなかった。そのプロジェクトが宙に浮いたまま何年も経ってから、イーストブルーのとある海上レストランに元海賊のコックがいる、という情報が入ってきたのさ。そしてその傍らに片目の男がいる、と」

オキーフは目をすうっと細めてにんまり笑った。そういう笑いを男達は以前何度か見たことがあり、その笑いをする時のオキーフの気分を知っていたので、息をできるだけ潜め、次の言葉をひたすら待った。
「そう、海に沈んではいなかったのさ。ソイツは。のうのうと生きて、今もその鍵を持っている。我々がその情報を掴んでからすぐにその海上レストランに向かったが、着いたときは既にソイツはそのレストランを後にしてしまっていた。どうやって?ドクロに麦わらのマークの船に乗っていって。どこへ?グランドラインへ向かった、と」

「三十年も容姿が変わらないとは、どんなことだ?──不老不死……まあ最期しっかり海に身を投げて死んだらしいので、「不死」ではないだろうが……「その場所」で「何が」その男に「不老の肉体」へと変化を及ぼしたのか」
「全てはその『片目の男』が握っている。ヤツから『鍵』を引きずり出し、『不老の秘密』を得る、これが我らがここまではるばる来たその理由なのだ。いいか、多少の傷は問題ない。手足の一本や二本無くなっていたって口がきけさえすればいい。必ずヤツを捕らえて、秘密を手に入れるのだ」

おおおぉぉぉっっ!と傷だらけの男たちが握りこぶしを天に突き上げ大声で吼えるのを口の端だけで笑いつつ見やりながら、おそらく、とオキーフは内心で付け加えた。ヤツは自分でその秘密を手に入れるために動き出したに違いない。当時子供で何も知らなくても、年月とともに力を蓄え知識を磨き、そうしてグランドラインに乗り込んできたのだろう。ヤツが何を握っているのかはわからないが、たかが十代かせいぜい二十代の小僧にその価値は分かるまい。いや、分かってたまるか。先にそれを手に入れるのは自分達だ。
オキーフは騒ぐ部下たちを見てわずかに笑い、その場を後にした。
自室でゆっくりと先ほどの手記を眺めつつ、自分の手で『鍵』と『その先のモノ』を手に入れることを夢想しながら飲む酒はさぞかし美味かろう───。




 

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