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パラキシャル フォーカス(13)




「──さて?」
皆が満ちたりたため息をつき、食後のコーヒーの香りを楽しんでいるときにナミが口を切った。
「ゆっくり眠って疲れもとれて、お腹もいっぱいになったところで次はトークタイムよ。キミは何でこの船を探っていたりしたの。何が目的? 海賊だからってお宝なんてないわよ。あっても子供ひとりでどうこうできるものでもないでしょうけど」
うっわ、直裁。さっすがナミさん。キビキビ、てきぱきしてかっこいいなァ。皿を洗いながら背中で聞いてサンジはそう思う。
思いながら昨晩目の前で背を向けて震えていた肩を思い出す。不安と、そして思慕───。
コイツはほんのガキだ。強がっているだけのただのガキ。そんな強がりも皮膚の皮一枚下ではぶるぶる震えて母親なんかにすがりたいのをようやく隠しているだけだ。十歳?──か、ひとつ、ふたつ出たくらいだろう。母親を恋しがったって不思議ではない年だが、まさか密航てわけでもあるまい。密航ならもっと上手く乗組員に気に入られようと、追い出されまいと心を砕くもんさ。
ふと、キッチンの隅で毛布にくるまって膝をかかえて縮こまっている昔の自分が心をよぎった。寒かったよな、あの日は。

意識がふらふら昔をさまよっていたところをナミの声に引き戻された。
「ふぅん、黙っていられるのも今のうちよ?どうしても絶対しゃべらないつもりなら、キミのお仲間をつかまえてくればいいんだし。街へ行って、これこれこういう子供を知りませんか?ってちょいと尋ね歩いてみればちょっと面白いことになると思わない?ひとりで乗り込んできたわけじゃあないわよねぇ?誰かにそうしろって言われたんでしょう?それだけじゃなくて」
ナミは思わせぶりに視線を左右に振る。
「ねぇ、ゾロ。と、ルフィ」
「ん?」「おお?」
「ルフィ、ちょっとこの子を肩ぐるましてやって」
「おお?こうか?」
びょん、とルフィは腕をのばしただけでジェイを肩に乗せる。ジェイはいきなりの展開に虚をつかれて完全に抵抗できないままだ。
「うふ。仲のいい兄弟か、従兄弟ってところね。この恰好で今日は街を散歩してみましょう。そうそう、昨日私たちなぜか知らない男たちに襲われたんだけどね、そこの近くはすごく素敵なブティックが並んでいるのよ。なぜそんな場所で見も知らないムサイ男たちに囲まれたんだか、ほんっとわからないんだけど、お買い物の続きをしたいのよ、私。つきあってくれるでしょう?ルフィ」
「なぁーんでオレがお前の洋服買うのつきあわなきゃいけねーんだよ」
ガスッ。
テーブルの下でナミのヒールがルフィの足を直撃する。
「………アイスクリームダブル」
「ならいーや。今日はキャラメルリボンとロッキーロードな。ラムレーズンもいい?」
どうしてくれよう、このニブチン。ナミは内心舌打ちをしつつ、顔には相変わらずにっこりと笑みを浮かべていたが、つきあいの長いクルー達(ただしルフィ除く)は笑顔の裏側に潜むものを感じ取ってほんの僅か身体を引いた。

(ばれてる?)
昨日自分たちを襲ったのがお前の仲間の一味だったとわかっているぞ、と言っているわけだ。
ジェイはぎゅ、とルフィの上で両の手に力を込めて握り、動揺を表わすまいとはしたものの、そこはまだ子供、視線がどうしてもナミから逸れてあらぬ方向をさまよってしまう。
 
かかった。
ナミはそれこそ内心でにんまりとご満悦だ。昨日の午後の襲撃とこの子供がそうストレートに結びつくかどうかはわからなかったものの、タイミングからいっても何もないとは考えにくい。カマをかけたら案の定無関心を装えないでうろたえているじゃないの。もうこの子供は網の中だ。いや籠の鳥か。さあて、どうやったらもっと鳴いてくれるかしら。

「ルフィがキミを肩車なんかして、そうそう、それにアイスクリームだって買ってあげるわ。『いいわよね、仲よさげで。お兄ちゃんも一緒になって転げ回って遊んでくれるのね』なぁーんて目で道行くみなさんから微笑まれちゃうわけよ。なんて麗しい兄弟愛!───どう思うかしらねぇ。アナタのお仲間は。裏切り───」
どきん。
さまよっていた視線をナミに振り向ける。目がもう必死だ。
「───なんてそんなイキナリ極端には思わないでしょうけれども───」
一瞬の動揺を見落とさないでいながらも、言葉はその間途切れることなく滔々と紡がれてゆく。
「───でもねぇ、やっぱり少しはナニかおかしいぞ程度には思われるでしょうねぇ?どうかしら、どう思う、アナタは、ゾロ?」
駆け引きや交渉事に最適のロビンがここにいてくれたらいいのに。或いは機転のきくウソップでも。彼らも今日には船に戻ってもらって事態に共にあたって欲しいけれど、とりあえず今留守の人間はあてにできない。ルフィやチョッパーはこういうコトには向かないし、サンジも子供にすぐ同情しがちだ。とりあえずゾロならば頷くだけでいい。顔と態度だけで充分威嚇できる男だから。

そして思い通りの結果を得たナミは、次の段階へと進む。
「まあねぇ。キミがそんなにイヤだっていうならば、別にわざわざお買い物につきあってくれなくてもいいわよ?だけどそれならこれからずぅっとこの船に乗る?それもいいわ。いっそのこと海賊になっちゃいなさいよ。楽しいわよ?今キミを肩に乗せているその男は一億、その脇の緑アタマの男は六千万の賞金首なんだけどね、いいわよぅ、しょっちゅう他の海賊とやり合ったり、海軍に追われたりとスリリングな生活がキミを待ってるわ。まあそうなったら今までのお仲間たちとは二度と会えないかもしれないけど、ま、それも人生、いろいろ変化を彩りを楽しんで大人になっていけばいいってもんじゃない?」
黙って頷く役割を与えられたゾロは、表面上はシワひとつ動かさなかったが、ナミの「口」撃に内心たじろいで、これが自分に向かったものでないことに心底ほっとしていた。こんのアマ、ほんっと詐欺師かペテンで食っていけるぜ。ウソのヤツだってそりゃあよくしゃべくるがな、コイツは人の神経を逆なですることにかけちゃあ天下一品だ。
そしてジェイはもう動揺が隠せない。確かにここから逃げ出せない限り、この船に乗っているしかない。捕虜のままなら多分次か次の島あたりで売り飛ばされるか、それがイヤなら海賊となる───どちらの選択肢も、故郷の土は二度と踏めないだろう。そう思ったら感情がそのまま口をついて出た。

「イヤだ。海賊になるのは───帰れなくなる。それは、イヤだ」
だって、オレは帰るのだ。この仕事が終わったら、ノースの家へ帰るのだもの。

にっこりとナミが笑う。してやったり、という顔だな、とゾロが思った。魔女め。
「でもねぇ。私達もそうキミの希望ばっかりを聞いてやるわけにもいかなくて。ほら、言ったように、ね?こっちが一億、そっちが六千万、人数少なくても結構賞金額高くてねぇ、キミをどこかに送り届けるわけにもいかないし、私達としても、追われる立場上、できるだけリスクは少なくしておきたいのよ。当然、そこはわかってくれるわよねぇ?」

ルフィと俺が「こっち」と「そっち」かよッッ!
ゾロは内心かなりムカついたが口に出すのをかろうじて押さえた。その代わり額に青筋がぴくぴくと浮き出て、目つきがいきなりガッとキツくなり、六千万ベリーの顔として非常にふさわしいものとなったのはこれまたナミの作戦のうちだったかもしれない。
ルフィの腕で下半身をしっかりと捉えられ、脇にはますます怖い顔をし、剣を三振りも帯刀した男に睨まれて、ジェイはもうここから逃げたいとしか思えなくなってきた。

「うーん………。私達としても、あまり子供をいじめるのは本意じゃあないし、キミは仲間のところへ戻りたいでしょう?できれば私達だってそうしてあげたいのは山々なのよ。でもキミが黙って何も言わないでいるんじゃぁねぇ。しょうがないわよねぇぇ?」
ジェイが黙っているからこっちだって仕方なくジェイを捉えておくしかない、といかにもこの状況を作り出しているのがジェイの方であるという論法になっている。しかしジェイは既に動揺しているという段階を過ぎ、帰れなくなることへの不安から恐慌へと移行しつつあったので、その論法に疑問を感じることはなかった。
 
そうしておいて最後の一押し。
「だからねぇ、キミが知ってることをしゃべってくれさえしたら、私達はこのままキミを見て見ぬふりをしてあげる。黙ってお仲間のところへお帰んなさいな。私達はキミたちの目的を知って、多少の備えができるし、キミは私達の情報を───そうね、船の内部のことは言わない方がいいでしょうね、でないと捕まったことがばれて逆にまずい立場になるわよ?───持ち帰ってちょっといい目を見ることができる。ね?お互いいいことづくめじゃない」
そしてジェイの目をのぞきこんで、
「そう。これは正統な取引よ。キミはキミの身の自由を私達に情報という代価を支払って買うの。取引なんだから、誰にも気が咎めることなんてないわ。罪悪感なんてものもナシ。オゥケイ?」

あとは待つ。コーヒーのおかわりをカップに注ぎ入れる音だけが耳についた。小声で「メルシ」とサンジに微笑みかけ、ナミはコーヒーを味わうことに余念がない。ゆったりと椅子の背によりかかり、この条件は絶対のまれるものとただジェイが観念して口を開くのを待っている。
てぇした策士だ。ゾロは内心舌打ちをしつつ賞賛を禁じ得ない。「正統な」という箇所に力を込めて後ろめたさを払拭し、なおかつ自分たちの情報は最小限しか漏れないように、捕らえられたことは黙っていたほうがいいと操作している。

「───あ、の」
ごくり、と喉をならしてジェイがようやく口を開いた。
「目的、って言っても……。オレはただの使いっ走りで。雑用で。ただ、麦わら帽子をかぶったドクロのマークの船を待っていたんだ。昨日、ようやく見つけて……。ずっとノースから探してきた。長かった。オレ、オレは……、もう帰りたい。この仕事が終わったらノースの家に帰れるから、がんばってオキーフさんの言うことちゃんときいて、ずっと見張ってた。そしたらやっと来たんで岬で確認してちゃんと、居るってこと報告したら。みんなが、じゃあオマエ顔知らせろ、ついてこいっていうから。ついてって。アンタのこと教えた。あの男だって。でもみんなあっという間にやられちゃって。気が付いたらみんな倒れてて。アンタ強いんだな。オレ腰抜かすほどびっくりした。みんなだって弱くないのに。したら、オレのこと怒鳴るんだ。アンタがこんなに強いって知らなくてみんなやられちゃったから、でもオレのせいじゃないと思うけど、でもみんなオレのせいにしたがって、とっとと行って何か弱点か何か役に立つようなこと探ってこいって。でも船見てたって何もわかんねぇんだもん。でも何か報告することないとまた殴られるし、アンタ捕まえない限り、オレたちみんなノースへ帰れねぇ。オレだってどうしたらいいかわかんない、けど……」
ようやく出てきた言葉はいままで溜まっていた分一気にほとばしり、聞く者の頭を翻弄する。
「ええと、少し整理しましょう」
一拍おいてナミが口を切った。
「アナタたちのボスの名前は?」
「オキーフさん」
「うん。そしてオキーフさん、がこのルフィを捕まえてこい、って言ったのね?」
「うん」
「アナタたちはノースからやってきた。グランドラインをはるばると渡って。ルフィを捕まえるために」
「うん」
「なぁぜ?」
「知らない」
「でもルフィが悪魔の実の能力者だってことは知らなかった……と。おかしいわね。グランドライン中を長く航海しているのならば、賞金首に関しての情報は入っているはずだけど……」
少しだけ考え込む。
「最初に、キミはまず『麦わら帽子をかぶったドクロのマークの船』を探していたって言ったわね?」
「うん。だってその船に乗っているって話だったから」
「そりゃそうだけど。なら『麦わらのルフィ』のことを知らなかったというのが解せないわね……」
またしても、ナミは考える。今度はさっきより長く、コーヒーカップの縁から中の黒い液体をのぞきこんだまま動かない。
「ねぇ、本当の本当にこの男が、」
ルフィの耳をぐい、と掴んでひっぱった。そこの部位はみょんと伸びて見ていたジェイの目が丸くなる。
「あんた達の探している男なの?」

ジェイは口をとがらせた。一体この人は何がわからないって言ってるんだろう。だってこんなにわかりやすく何度も言っているのに。
「そうだよ。だって『ドクロに麦わら帽子の船に乗っている片目の男』だろう?間違いなくこの人だ」

なんでこの人たちはこんな簡単な説明を何度も聞くんだろう。そしてまたなんでいきなり黙ってしまうんだ?
ジェイはせっかくの「正統な取引き」を忘れられないだろうか、と少し不安になった。




 

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