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パラキシャル フォーカス(2)




■月光

「んっっ・・・。んんっっ・・・。」
深夜の格納庫。
砲身の脇から入り込む僅かな月明かりのもと、汗の浮いた裸身が折り重なっていた。
裸身が動くにつれて木の床がギシギシと僅かに音をたてるが、もとより航海中の船である。錨鎖や索具のたてる音があたりに満ちているので、床の鳴る音なぞほとんどないに等しい。
「んぁッッッ・・・!」
「くぅッッッ・・・!」
それでも、一際大きいふたつの声が一瞬間、どの音よりも大きく格納庫にこだました。
粗い呼吸音がしばらく取って代わる。それが一定時間経ち、だんだんとゆったりとしたリズムを取り戻すと。

「・・・おい。」
「ンだよ、クソコック。」
「さっさとどけ。重い。」

ゾロはたった今しがた自らの性を放った余韻にとっぷりと浸っていたところを、その受け入れ先のサンジの声で意識を引き戻された。
ゾロとサンジは時々こうやってセックスをする。
いつの間にか始まったそれは、声もなく会話もなく、ただお互いの欲をはき出すための行為だと思ってはいたが。
その割にはお互いの躯の相性がよほどよかったのか、最近ゾロは自分でもかなりのめりこんでいるという自覚がでてきた。
だが──
(このアホマユゲがどういうつもりで始めたのかはわからないが)
(コイツの考えはいつも掴めねェからなぁ。オンナに色目使ってばかりだと思ったらこうやって男にもカラダ開きやがるし)
(何考えているのかいつも口に出すことが突拍子も脈絡もねェときてるから、これも長い航海の暇つぶしの一つなんだろーし)
と、自分のこれ以上の欲をコックに向けることを躊躇して押さえていた。

だからこうやって格納庫で身体を重ねても、ただ行為だけに没頭して、始めるときも終わってからも会話らしい会話はしたことがなかった。

今もサンジの肩口に顔を埋め、互いの胸と胸を密着させた完全にゾロが上に覆い被さっていた体勢だったので、サンジが重いと文句を言うのも全くそのとおり納得のいくものだったのだが、ゾロは素直にサンジの身体からどこうとはせずに、ちょうど月明かりがサンジの顔に射してきたのをいいことに、右手でサンジの前髪を梳く仕草をした。
「・・・んだよ」
途端にサンジが眉をひそめる。
その声にそそられた。
ゾロはこのコックが本気でいやがることはしないよう努めているが、最近はある程度までは意外と許されることをすでに学んでいたので、構わず前髪を梳き上げ、梳きあげたその手をそのまま頬に添え、そしてサンジの左の目を白い月明かりに晒してゆっくりとのぞき込んだ。

「・・・」
「よせ、ヤメロ」
「・・・・」
「んだよ、昼間の話でキョーミ持ってンの?たかがフェイクの目ン玉一個、面白いモンでもねェだろーがよ」

ゾロはサンジの声にはまったく反応せず、ただひたすらその偽物の目を見つめた。
「見えないっての、本当か?こっちの目とそう色味は変わんないみてェだが。」
「バーカ。色が同じなら機能も同じってか?残念ながら、本当の本当に見えねェよ。無くした本物の代わりにただ嵌めこんでるだけの偽物、に・せ・も・の。解かる?色はこんな月明かりだからな、微妙な差はわかんねェだろーけどな、もっと明るい場所で見れば一発で解かるぜ。」
「偽モンじゃねぇだろ。つか、偽モンだけど本物だろ?」
既にお前の身体の一部だって昼間言ったじゃねぇか。
そう続けようとして、ふいに、
───ドク。
ゾロは、密着しているサンジの胸の鼓動がその瞬間一拍大きくはねたのを自分の身体で感じ取り、なぜサンジがこんなたわいもない言葉に動揺したのかいぶかしく思った。
だがそれも微かに感じただけで、次の瞬間、
「はぁ?何訳ワケわかんねーこと言ってんの、てめェ?」
とさらに温度が低くなった声音にまた意識を戻されてしまう。
思い切り眉をひそめられ、生身の右目でバカにしたように睨まれて、ゾロはまたさらにサンジが嫌がるようなことをしたくなった。
ぺろり、と舌でその月光にほの白く光っている左目を舐め上げる。
「・・・バッッッッ!何やってンだ!気色悪い!」
さすがにサンジが嫌がって首を振って逃れようとする。
しかしなぜだか今夜のゾロはサンジが嫌がる様子をもっと見たくなったのか。
「やめねェ」
ぎゅっとつぶった目のフチを、睫毛に沿ってそっと舐める。
今度は目頭のくぼみからアイホールをたどり、目尻へ。
「ただのガラス玉だってンなら、ヘーキだろ?」
にやり、と笑った顔はサンジからは逆光になってよくは見えないが。
おそらくかなりの悪人面をしているに違いない。

うっすらと細く開けた目は月の光を弾いて、なんだか自分が常に腰にしている刀の、その抜き身の刃が放つヒカリを思わせる。
「──なぁ。コイツ、くれよ」
「え?」
いつのまにかゾロの舌は耳朶へ、そして鎖骨へと降りてゆき、まだサンジの体内にあったペニスが再び穿つような律動を始めた。
「・・・ンン・・・イヤ・・だ」
ゾロの熱い固まりに体内を翻弄され、まだ先ほどの余熱でくすぶっていたサンジの身体にも簡単に火がついてしまう。
それでも、ゾロの無体な要求はしっかりとはねのけるだけの意識は残したままで、「NO」の言葉はゾロによって与えられる感覚を伝えるためのものではなく、先ほどのゾロの不可思議な要求への返答だった。

一体どうしてそんなモノが欲しくなったというのだろう。
ゾロにしても説明がつけられる感情ではなく、いきなり湧いた言葉と感情に自らが驚いてもいた。だからそれを誤魔化す意味もあって、まだ折良く繋がっていたままのサンジを責めたてた。

こんなに近くにいるのに。
絶対手に入らない。
ならば。
小さなひとつくらいは。

「いいだろ? 別に取り出して俺に渡せって言ってるわけじゃねェ。ただ、偽モンの目ン玉だって言い張るんなら、そのままソコにあるだけでオレのモンてことにしたっていいじゃねェか。」
それなら、俺のモンがいつもてめェに入っているコトにもなるしな、と口に出しては言わないまま内心でこっそりつぶやいた。

白い喉をのけぞらせ、ますますサンジは息が上がってゆく。次第にお互いの身体がうねりを高め、頭の中が痺れてくる感覚に翻弄される。
切れ切れの呼吸の合間に、いいって言えよ、とゾロは了解の言葉を求めているのか、それとも高ぶる性への感覚を求めているのか、自分でもわからないまま繰り返したら、何度目かに微かにサンジが頷いて、そして二人とも同時に絶頂への波へ乗り上げ、そして深い谷間へと落ち込んだ。

あとは闇の中へ溶けるばかり──



■夜明け

もう島の気候海域に入っているから、今日明日にでも島影が見えるかもね、とナミが言ったのが昨日。
ルフィは見張り台の上で次第に明るくなる空を見上げ、ぶるっと頭を振った。
朝まだき。雲は水平線上に薄くたなびき、突風が時折ヒュオッと耳をかすめすぎる。
風は頼もしい強さで一定方向から吹き、索具をキィキィときしませている。
静寂な空気の中は、実際は風の音と、船がけたてている波の音でいっぱいだ。
ルフィはこの空気が好きだった。世界中で自分ひとりだけが「今」を感じているような贅沢感。
船はどこまでもどこまでも進むだろう。自分を、仲間を乗せて。時間すら突き抜けてひたすら真っ直ぐ。
前へ前へ、前しか見ない、見えない。
どこか遙か彼方にある伝説のひとつながりの大秘宝へ、この海は続いているんだ、きっと。

ふと、水平線上の雲が赤みを帯び、それは徐々に紫暗から深紅へと色合いを変えてゆき、見る間にポツ、と赤い染みのような太陽が顔を出した。
太陽はそのままずんずんと大きくなり、ぽんっと雲を乗り越えたころには既に赤から明るい黄色にと変化を遂げて落ち着いた。

そして雲と思っていた部分は一部濃い影を成し、太陽の光で段々とその輪郭をはっきりさせてくる。
ルフィは深々と潮と朝の匂いのする大気を吸うと、
「野郎ども!島だ!しーまーがーみーえーたーぞぉぉぉーーー!」と力一杯叫んだ。

どたたた、と船内のあちこちで音がするのを聞いて、黒い眼帯をつけた顔でにしし、と笑う。
ウソップ作の黒いアイパッチは(治療用の眼帯、とチョッパーは言っていたが)いかにも海賊っぽくて見るなり気に入ったが、いかんせん片目は不自由だ。
昨日一日でずいぶんと失敗した教訓から、慎重にねらいを定めてゴム腕を船首のフィギュアヘッドに伸ばす。羊の頭を掴んだら、見張り台から居場所をいつもの特等席に移して、島影を見つめる。
じきに朝メシだ。それまでしばらく胸にわき上がる期待と興奮を味わっていよう。
あの島はどんな島なんだろう。新しい人と新しい出会いと新しい出来事、とにかく新しい「何か」、があそこにあるハズだ。

 

  

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