こちらのプルダウンボックスで読みやすいスタイルをお選び下さい。






パラキシャル フォーカス(31)




 「……以上が、この島へ着いてからのヤツの行動です」
 報告を受けて、オキーフはひとつ頷いた。デスクの上に肘をつき、組み合わせた両手の甲に顎を乗せて、目は閉じられたままだ。
 何を考えているのか、その表情からは伺えない。報告をした部下は黙ってオキーフが言葉を発するのを忍耐強く待った。余計な口出しをしてオキーフの思案を妨げるような真似をする馬鹿者は、そもそもここにはいない。
 一分が経ち、二分が経った。さすがに足がもじもじしてきて、同時に視線がきょときょとと部屋のあちこちをさまよう様になってきた。 
「ロロノアの方は、明日到着の便に乗っているんだったな」
 独り言とも、確認を求めているともとれる口調で放たれた言葉に、部下は返事をすべきかどうか心底迷った。迷った末にようやく蚊の鳴くような声で
「───はい」とだけ答える。
 だが、その返答はオキーフの期待していたものだったようで、がたん、といきなり立ち上がると、
「よし。手の空いている者全員ミーティングルームに集めろ。急げよ」
 と言い捨てて自室を出ていった。



 ■再会とそして



 ゾロとジェイは腹ごしらえした飯屋を後にすると、港を背にしてなだらかな丘の道を辿っていった。
 エターナルポースの示すこの島に着いた後は、さらに島のどこへ向かえばいいかまではあてがあるわけでもなかったが、
(ヤツならきっと)
 こんな人の多い町中ではなく、もっと開けた場所で、人目を気にせずやり合えるところを選ぶ──そしてそこは何らかの目印があるに違いない。ゾロのために。
 さわさわと下生えが風に鳴る道を、少しづつ上ってゆく。平坦な道ならばそれほどでもないが、ともするとジェイが遅れ気味になるので、たまにゾロは意識的に歩調を緩めて背後につくジェイの気配を離れすぎぬよう調節する。
 船を降りた港がはるか眼下に離れるにつれて、頭上の空の拡がりも呼応するように青みを増したように思えたころ。
 その目印が見えた。

 変わった教会だ。通常は十字架が尖った屋根のてっぺんにひとつついていて、それが一番多く流布している宗派の一般的な教会のシンボルでもあるのに。

 その教会は屋根に十字架を三本も並べていた。いや、アレは十字架とは呼べないだろう。だって横にクロスしている部分はなく、微かに湾曲した棒が等間隔に屋根に突き刺さっている様に見える。

 まるで三本の刀みたいに。


 あれか───
 ゾロはほんの少し口角を上げ、真っ直ぐにその教会へと足を向けた。
 教会への道を半分ほど辿ったところ、あたりに広がる草地の中で唯一ひょろひょろと生えている貧相な木立の陰からゆらり、と人物が立ち上がった。
 
「よう、クソコック。元気そうじゃねぇか」 

 のんびりとした口調でゾロが呼びかけた。呼びかけられた方もまたのんびりと応える。
「まったくクソマリモ野郎、こんなところまで何しにきやがった」
「観光旅行だ」
「おお、いいな。この島は風光明媚なスポットがたくさん……まあ…それなりにあるんだぜ。オレもご一緒させてもらいてぇな」
「ふぅん。てめぇご一緒するような「レディ」っつーのもとうとう品切れかよ。まぁお前がご自慢するようなレディなんてのはさすがにお目にかかれないようなイナカみてぇだが?」
「てめ、田舎だからってレディが居ないなんてバカなこというなよ?こういう空気も景色も綺麗で、純朴な住民の中にこそ、心根も姿形も美しいそれこそピュアなハートの持ち主が居るに決まってんじゃねーか」
「へーぇ。じゃあそんなピュアなレディとやらは一体どこに隠してるんだ?こんなところで昼寝カマしててデートなんかできんのか?あ、てめェの見ている夢ン中に現われンのか。こりゃ失敬、デートの邪魔しちまったな」
「うっせぇ!てめぇじゃあるまいし、夢ン中でデートなんてサムイ真似はしねえの、俺は。ちゃんとルナちゃんと非番の日に約束してるもんね……じゃねぇよ、」
 少し言いよどんだ。サンジの視線が周囲を伺って近づいてくる大勢の気配を伝えてくる。ゾロは微かに頷いてそれに応え、世間話をしているような口調自体は変えずに言う。
「なんか、『デートの相手』が来たみてぇだぜ。団体さんでよ」
「フン。やっぱり俺はもてるからねぇ。順番を守って欲しいもんだ」
「ムサイ野郎どもにもてるのがそんなに嬉しいかね。てめぇはやっぱりヘンタイだ」
 肩をすくめてゾロは揶揄した。
「な、何てこと言うんだ!俺はいつだって麗しいレディ専門だ!野郎どもなんかどんなに言い寄られても断然!きっぱり!お断りだ!」
「なら自分で『ゴメンナサイ』って断るんだな」
「言うまでもねぇ……『ゴメンナサイ』どころか『おとといきやがれ』って熨斗(のし)つけて引導渡してやるぜ。だが半分くれぇの『お相手』はてめぇが連れてきやがったんだろ?」
「安心しろ。俺よりかてめぇの方が目当てらしいからな」

 その頃はすでに教会を目指してやって来る男達は姿を隠そうともせず、四方八方から取り囲むように近づいて来た。その数およそ四十〜五十人といったところか。
 とりあえず周囲を囲む塀があるため、全方位からの一斉攻撃は不可能だろう。まあ、梯子か何かを使って乗りこえればその限りでもないが。
 ゾロが開けた門扉からやって来ると考えれば、とりあえずそこだけ押さえればいい。
「で、どーするよ」
「てめェは観光旅行なんだろ。そこでおとなしく『観光』してやがれ」
「へいへい」

 まあ、いいか。もともとヤツはメリー号にいたときから、「手を出すな」と宣言していたから、これくらいは働かせてやらねぇとな。
 義眼を託されたときに「何が何でも手を出して俺のありがたさを味あわせてやる」と息巻いたことはすっかり忘れて、ゾロは教会の正面大扉の前にどっかとあぐらを掻いて座り、門扉を真正面に見据える体勢をとった。
「おい、てめェは巻き添えをくわねぇように、どっか隠れてろ」
「…………」
 ジェイはあっという間の展開についてゆけず、その場でがくがくと膝を震わせ、返事ができない。
 しょうがねぇな、と口の中でつぶやいて、ゾロはジェイの襟首を掴むと、自分の傍へ引き寄せて隣へ座らせた。
「怖ぇか」
「…………」
 こくりと首だけ動かす。
「素直なことはいいことだ」
 ゾロは正面を見据える視線は動かさず、くしゃりとまたジェイの頭を一回だけ撫でた。

 サンジは無造作に歩を進めて、開け放たれた門を背にした形で男達と対峙した。真っ直ぐ背後にはゾロの姿がある。
 その状態で男達に向かって呼びかけた。
「で、俺様にどんな御用なんだ?」

 男達は一瞬だけざわっ…としたが、集団の中からひとり細身で目つきの鋭い男が現われてサンジの正面に立った。
(こいつがオキーフとかいうヤツか)
 確かにそこいらへんの雑魚たちとは違い、一種独特の冷たい雰囲気をまとっている。
 おもむろにその男が口を開いた。

「麦わら海賊団のコック、サンジだな。ノースブルー出身で、十三年ほど前にある船乗りからあるモノを託された。その後すぐ、客船に密航して姿を消し、そのまま行方知れずになっていたが、ある日イーストブルーの海上レストランにて生存を確認される。レストラン創設当時からのスタッフとして働くも、オーナーと不仲なためにある日たまたま訪れた海賊船に乗りこんでそこを去った。その後の行方は不明だが、グランドラインへ向かったと見るのが濃厚───と、合ってるか?」

 サンジはまた新しい煙草に火をつけながら、(こんな調子じゃあ禁煙なんて到底望めねぇやな)とちらりと雑貨屋のおやじの顔を思い浮かべた。マッチの火を手で振って消しつつ、ふう、と息をつく。
「人の履歴をご丁寧に教えてくれてありがとさん。結構昔から調べてくれたみたいだなぁ。さぞかし大変だったことだろうよ。だがひとつ書き忘れているぜ。俺は一流のコックだってな。あと、クソジジイと不仲だったからあそこを出たんじゃねぇが、それはてめぇらにはどうでもいいこった──で?」
「十三年前にお前に託されたモノを、我々は必要としている。おとなしく渡せばよし、渡さないならば───」
 オキーフを筆頭に数名が銃を取り出し、サンジに銃口を向けた。がち、がち、と撃鉄を起こす音が風が鳴るだけの原に響く。
 おおお、独創性のないヤツらだなぁ。典型的で面白みのカケラもねぇや。
「渡すも渡さねぇも、俺ぁ何か受け取った覚えはねぇんだけど。何しろガキの頃だろ?そこらへんですれ違ったオヤジにあめ玉とかもらったことなんか忘れてるに決まってんだろうが」
「──ふん。どこまでシラを切る気なんだ。じゃあ言うがな。お前に託されたモノ、というのはエターナルポースだ。それをお前はその目ン玉に仕込んで隠し持っていたんだ。こちらも最初、その男が残した手記に『場所を示す鍵』とだけあったので、その鍵が何を示すのかかなり考えさせられたよ。まさか『場所を示す鍵』ってのが、そのまんまエターナルポースだったとはな。お前にそれを託した男は気がふれてたらしいが、ガキの目ン中ってのはエゲツネェ隠し場所だぜ──ええ?ガキの考えで目ン中に隠したんじゃねぇんだろう?その男に目ン玉抉られて、突っ込まれたんじゃねぇのか?それでも『忘れました』って言ってられるのか?」


 ───大事に。

 ───大事にするんだぁよ。


 耳の奥で声がする。
 手元に残った不思議な珠。ガラス細工で透明に透けて、陽にあてるときらきらと光った。
 中に浮く針は時にくるくると忙しなく、時にゆらゆらと気だるげに回っていて、でもひと時も止まってしまうことはなく、じっと見つめていると惹き付けられて、いつまで見ていても飽きなかった。
 物心ついたときから貧しくて何ひとつ自分の物はなかったし、客船に身ひとつで密航してからはなおのこと何も持っていないサンジの、たった一つ残った『自分だけのモノ』だった。
 サンジにとって、多分、ひきかえにした左目以上に大切なものだった。
 
 黙っているサンジに向けて、オキーフが言葉を再度投げつける。
「それで、その左目に隠していたエターナルポースは、今どこにあるんだ?」
 この男は船を降りたときから、黒い布きれでずっと左目を覆っていた。もしそこにあるはずのもの─義眼─が無くなっていたとしたら、眼窩の部分がぽっこりと窪んでかなり異様な人相になってしまう。そんなみっともない顔を晒すのはたとえ一瞬でも不本意極まりないのだろう。
 海賊船にあっても黒いスーツをぴしりと着ているあたり、かなり見栄っぱりでプライドが高い類とオキーフは予想して、それは確かにサンジの人となりを的確に掴んでいたのであった。

「船に残してきた」
 相変わらず悠然と煙草をふかしながらサンジは言い放つ。
「てめぇらが周囲をうろついているのがわかったからな。うちのゴム船長がたまたまアイパッチしてたの見て、あれを俺だと勘違いしやがったんだろ? 賞金首なのに『片目』という理由で襲われたのは初めてだったんで、オカシイと思ったのさ。それで皆と話し合って、ブツは安全な船に残して皆で守り、俺が囮になって手前ぇらを引きつけて片づけることにしたのさ。今頃船はあそこを出航して安全に旅してるはずだ」

「ウソだな」
 間髪入れずにオキーフが言う。
「それはウソだ。俺が言ってやろう。今、お前の背後にいる、ロロノア・ゾロに託したんだろう。そして船から遠く離れたふりで、俺たちを撒いて、ふたりで落ち合う算段だったんだろ?ここで。エターナルポースの指し示すこの島で!」 

 さすがに数瞬、声をのむ間があった。 
「……さてね。何の根拠があって、そんなことを?」
 オキーフは少しだけ嬉しそうに笑う。
「俺たちにだって、そりゃあいろいろ探る方法はあるのさ。ロロノアが連れている小僧が、見たと言ってる。小さな小さなエターナルポースをロロノアが持っているところを見たと。それが示す答えはひとつだ。さあ、どう申し開きをする?」
 サンジは肩をすくめた。少しだけ背中をかがめてオキーフを上目づかいに軽く睨む。口元が不敵に歪んで、人の悪い笑顔を作った。
「別に何も言うことはねぇさ。なら奪ってみろって言う以外な!」
「は、てめぇらたったふたりで何を!」
 破顔一笑。これだけの人数相手に何をとんでもないことを。自暴自棄ってヤツか。
「ふたりもいらねぇ。俺ひとりで充分。ロロノアにお伺いをたてる前に、俺を倒してみな。俺は門番さ。地獄の門のな」
 本当はここは教会で、この門は祈りを捧げる信者が通る門なんだが。
 ま、いいや。どうせバチあたりなのは今に始まったことじゃない。




 

(30) <<  >> (32)