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パラキシャル フォーカス(33)




 ■ゾロ



 ゾロはサンジが撃たれたのを見たとき、表情を固くしたままその場に動かなかったが、オキーフの呼びかけに応じて、ゆっくりと立ち上がった。
「そうだ。そのままゆっくりとこっちへ来い。ゆっくりとだ。さもなければコイツの頭を吹き飛ばす」
 ゾロはしばらくその場で逡巡していたが、無造作に歩き出した。

 門を出て、オキーフまでの距離が半分ほどに縮まったとき、またオキーフが言った。
「……そこで止まれ。こいつから託されたものは持っているんだろうな?」
「ああ」
 はじめてゾロは口を開いた。ゆっくりと手を腹巻きの中へ入れ、隠しからエターナルポースを取り出すと手を広げる。手のひらの上には小さく陽の光を反射する球体が載っていた。

 おおお、と低いどよめきが男達の中に起った。オキーフはというと、誰の目にも見えるほど肩から力が抜け、目が細められて満足げな表情を形作る。サンジに向けた銃口はそのままだったが、もう片方の手が震えながら上がり、ゾロへと向けて伸ばされた。

「よし。それを足もとへ置いて下がれ」
 あれさえ手に入れば……。そうしたらこいつらはこの場で始末してやる。まずこのコックはもう動けないから後回しにしても問題なさそうだが、あのロロノアというヤツは賞金がかかるくらいだから、手こずるかもしれん。そうだ、出来るだけこのコックを盾にしてヤツを動けなくしてから、ゆっくりと始末すればいい。命を助けてやるとさえ言えば、それを望みにいくらでも条件は飲むだろう。

 ゾロは自分の手のひらの上を見、オキーフを、その足もとに転がっているサンジを、そして周囲の男達をと順番に視線を移して言った。

「いやだね」
 
 信じられない言葉を聞いた、という顔を誰しもがしていた。
 まさかこの場に及んでゾロがこの取引を拒否するわけがない。

「……と言ったら?」
 と言って笑ったその顔は、地獄の門番もかくやというほどに悪鬼めいていた。
 
「ふ、」
「………っっざけるな!」
 激昂してオキーフは叫んだ。顔が満面朱に染まり、ぐいぐいと銃口をサンジのこめかみに押しつける。
「手前ぇ、自分がどういう立場にいるのか、判ってんのか?仲間の命がかかってるんだぞ!それともお前はコイツがどうなっても構わないと言うのか?」

 ゾロは首をコキコキ、と器用に曲げてみせたあと、相変わらず口の端をあげて小馬鹿にした笑みを崩さないまま言った。
「そうだなあ。俺らの船長はコイツの飯でないとイヤだってだだこねそうだけどよ。俺ぁはっきり言ってコックの生死なんてどうでもいいこった。このエターナルポースがお宝へと通じる鍵なんだろ?お前サン達がこれほどまで必死になって追いかけてきたモンだったんだよなァ。
 なら、簡単に渡すわけにはいかねぇなぁ。どうせ渡しちまったら、ご用済みってんで俺らをまとめて始末しちまおう、なんて腹ン中では考えてるんだろ?とんでもねぇ話だぜ。
 てめェは、コックを人質にとって優位に立ったつもりなんだろうが、おあいにく、てめェの大事な大事なお目当てのお宝は俺様の手の中だ。
 欲しいんなら、それ相当にお願いしてみな。さもないと───」

「ここで」
 すらり、とゾロは腰の刀を抜き放つ。刃がギラリと陽光を反射して男達の目を灼いた。
「この『お宝』を」
 ゾロはその小さな球体を親指と人差し指でつまんで掲げ持ち、反対の手で刀の切っ先をそれにあてた。
「壊してしまうぜ?」

 ───賞金首の海賊。
 そうだ、こいつは六千万ベリーの賞金がかかっている凶悪な海賊なんだった。ヤツの目を見ろ。いかにも楽しそうに笑ってやがる。仲間の命なんてヤツにとっては歯牙にもかけないモノなんだろう。なにせ、俺たちがこんなにも必死に追いかけてきたお宝を今まさに手に握っているのはヤツなんだから。
 海賊だからな。裏切りなんてお手の物だろう。宝を目の前にした時は当然、欲深なヤツらの本性がさらけ出るんだ。
 ざわざわざわ、と男達の間でささやき声が交わされる。

 いかにもそれは凶悪至極な海賊ならば選びそうな方法だ。ロロノア・ゾロ。三刀流の剣士として名高いこいつは、今目の前で見たコックの戦闘力のそれをも凌駕するに違いない。
 もしもコックを殺したならば、エターナルポースを我が物とした上で、ここにいる全員を相手に闘りあうことにためらわないだろうし、何よりヤツはそれを望んでいるように笑っている。この状況を楽しむように。

 オキーフが圧倒的に優位に立ったと思ったそれは、剣士の傲慢な態度、尊大な物言い、思いがけない行動で今や完全に覆されていた。何故だ。こんなヤツに私が遅れをとるはずが。
「取引ってのはなぁ」
 ゾロが追い打ちをかけるように言い放つ。
「本当に欲しいモンを持ってる方が有利に出来てるんだぜ?」

「くっ」
 ギリッという歯ぎしりの音の後、一拍おいてオキーフが叫んだ。
「撃て!」
 その声で銃を持った三人が一斉にゾロへ向けて発砲した。
 が、ゾロは抜いていた刀をひょいひょい、と左右に振り払うように動かすだけで、銃弾を受けて倒れる様子など微塵も見せない。
「無駄だ」
 まさか。この男は刀一本で弾丸を受けたとでも言うのか。だが実際に傷ひとつついてはいないではないか。もう一度銃声が重なった。さらにもう一度。もう一度。
 全部の銃口が煙だけを吹き、ガチガチガチと空の引き金の音が虚しく響く。
「だから無駄だって」
 ハァ、と頭の悪い生徒を前にした教師のごとく、中途半端なため息と共に言った。

「バケモノか……」
 男達の間に恐れの感情が広がる。銃弾より速い剣など知らない。だがこれがグランドラインを渡る賞金首ならば。

「で、どうするよ?」
 ゾロは再度、切っ先をエターナルポースに寄せた。




「─────!」

 オキーフが口をなんとか開き、言葉を絞り出そうとした瞬間だった。誰しもが考えもしなかった方向からそれは起った。




 

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