こちらのプルダウンボックスで読みやすいスタイルをお選び下さい。






パラキシャル フォーカス(35)




 ■ 喪失と──



 最初に動いたのはサンジだった。
「てめェ、よくもやりやがったな!」
 血が流れるのもものともせず、がばと起きあがると、呆然とするオキーフの胸ぐらを掴んでがくがくと揺すぶる。
「お前はアレをただ『お宝』としか思ってなかったろうが、俺にとっちゃあアレは───」
「よせ」
 静かな声でゾロが激昂するサンジを制止した。
「壊れちまったモンを今さら元に戻せるわけもねぇ。俺らの計画も全部ナシだ。帰ろうぜ」
「だがよ、ゾロ!」
「じゃあ、お前、アレを元に戻せるのか?」
 ぎりぎりと唇を噛む。サンジの手が離れるとまた地面の間をまさぐり出したオキーフを忌々しそうに見、ケッと一声吐き捨てて背を向けた。
 途端、一様に呆然とした表情の男達の顔の群れが目に入る。皆、今目の前で起った出来事にどう対処したらよいかも判らず、またそれを指示する筈のリーダーであるオキーフの取り乱しようにも唖然としている。
「なあ、俺たち、これからどうしたらいいんだ」 
 囁かれる言葉はみな似たような意味合いを持ち、それが段々とざわめきに変わる。

「おい、お前ら!」
 苛立ってサンジが大声を張り上げた。
「見た通りのコトが起っちまった。てめェらもはるばるノースブルーからこんなところまで長い道のりを追っかけてきて、そこはまあ気の毒だと思うけどよ」
 そこでくい、と親指を立てて肩越しにオキーフを示し、
「てめぇらのボスが壊しちまったんじゃあ、しょうがねぇよなぁ。まあ、あれは事故みてぇなモンだがよ。壊れてなくなったモンはあきらめるしかねぇ。ちっと前は同じモン巡って闘り合った縁でご注進申し上げるがな」
 そこでぐるりと男達の顔を一わたり見回した。がらっと声のトーンを落とし、言う。
「てめぇら、もう帰れ」

 それを聞いて、半数以上の者がうなだれた。
「──それとも、ここで俺らともう一度闘るか?だが、てめぇらが束にかかってやってきてもな、俺らは倒せないぜ。それに、そんなことやっても、『アレ』は決して元に戻らねぇ……わかるな?あれは此処で永久に失われてしまったんだ」
「俺らもてめぇらも。どちらももう手が出せネェ。痛み分けってことで、もう『アレ』はお互いに諦めるしかねぇ。ノースに帰ってそう報告しろよ」

 サンジの言葉が男達の間に染みわたると、全員ががっくりとうなだれてようやく事実を受け入れた。
 ざわざわ、ともうひとわたり何かを相談するような声があってから、群れの中からふたり歩み出てきて、オキーフを両脇から抱え上げるとその場を後に来た方角へと去ってゆく。

「おい。お前も行かなくていいのか」
 ゾロはようやくまだそこに蹲ったままのジェイに声をかけた。
 ジェイはその声におそるおそる顔を上げてゾロを見る。
「ゾロ……」
「ご、ごめん。オレ、オレ……ゾロがアレ壊すのかと思ったら、体が勝手に……」
「いいんだ」
 ジェイの言葉を遮ると、ゾロはつと手を伸ばしてジェイを立たせた。
「ほれ、今ならお仲間と一緒に帰れるぞ。お前は俺の手からお宝を奪おうとした。みんなそれを見てた。お宝が壊れたのはそれとは別の次元のことだ。お前の、ああ、なんとかいう会社への忠誠は誰も疑っちゃいねぇさ」
 ガシガシと後ろ頭を掻くと、その手を去ってゆく群れに向け、指さした。

「さ、行け」

 ジェイはゾロを見、次にサンジを見た。
二人とも目が──
(笑ってる)
 ぴょこん、と一回頭を下げて、次の瞬間脱兎のごとく走り出した。



「お優しいこって」
「るせ」
 力なく歩いてゆく集団の背と、元気いっぱいに走ってそれに追いつこうとしている少年を見送りつつ、ふたりはまだお互いを見ないまま言葉だけを往復させる。
「てめェ、さっきはよくも人を見殺しにしようとしたなぁ?」
「ハハン、その前にあっさりとあんなひょろいヤツにとっつかまるようなドジ踏むヤツが悪い」
「ンだとぉ?」
「お、ヤるか?」
「………………」
「………………」
 少しの間沈黙があたりを支配する。
 が、
「……プッッ!」
「……ククッッッ!」
「あ、あははっ!あはっ!っくくっっ!」
「はぁっっはっはっは!」
 同時に吹き出し、それが段々と大きな笑いへと変わってゆく。

「てめぇ、血ィだらだら流しながらそんな笑いこけやがって」
「てめぇこそ。さっきあのクソ野郎が撃った弾、本当はどっかにくらってるだろ。脚?」
「腿だ。筋肉に力込めてたからな。血が垂れてこねぇように。てめェにはバレてっかなーとは思ってたがよ」
「バレバレだっつうの。何か身体の動きが妙なバランスだ。このクソやせ我慢野郎」
「まあ、あの場面じゃあしょうがねえだろ?だってヤツの弾はあのお宝を撃ったことになっているんだから」
「くっくっく………。『アレ』を壊したのがてめェの煩悩鳳だとは誰も気付かねぇだろうなぁ。俺があの距離で見ていてさえ、てめェの飛ぶ斬撃を知っていなければ判らなかっただろうよ」

 暫く、そのままふたりはその場所から見える海を見ていた。

「ヤツら、ちゃんと帰るかな」
「帰るだろ。いくらなんでも。他にどっか行く宛ても目的もないんだろうし」
「うん、まあ……」
「本当にはるばるご苦労サンなこった。ノースブルーからイーストブルーのお前の古巣を経由してグランドラインまで来たんだろ」
「そうらしいな」
「本当に遠い」
「ああ」
「でも奴らは戻る」
「ああ」

 ───俺らは、前へ進む。




 

(34) <<  >> (36)