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パラキシャル フォーカス(38)




 ■ サンジの真意



「………………」
 沈黙があたりを支配する。ゾロはこれで全て語り終わったという風にすっきりとした顔で、そこらへんを飛んでいるトンボなぞ眺めている。

 サンジは。
 サンジはまだ遠い視線のまま口を噤み、時折思い出したように煙草を口もとへ運ぶことを繰り返していた。静かな表情の下で、言葉に出さない思いは余計に出口を求めてさまよい歩く。

(───わかってる)
 だからてめぇも最初に言ったように『賭けに出た』んだよ。最初っから全部賭けだったんだ、今回のこの一件は。
 内心でため息をつく。まったくこのクソマリモ野郎は。いつも寝腐れて光合成してばかりで頭の中味だって全部筋肉かと思ってたら。
(いや、)
 本当はこの剣士はかなりの策士だって知っている。頭が回るのも、とっさの判断力も認めてる。そしてそれを一番目の当たりにしているのが自分だということも。
(ヤレヤレ)
 またしてもひっそりため息。
(ざまぁねぇや。最後の詰めくれぇ自分で片つけたかったんだけどな。あの時──三人が錯綜したあの一瞬に煩悩鳳で撃ちやがった)
(これ以上ないくらい見事な幕引きだったぜ)

 いい加減トンボにも飽きてゾロが帰るか、と腰を浮かしかけたその時、ようやくサンジが口を開いた。
「……ラッキーだった。たまたまグランドラインのあの島だったってことが。ジルがあの島に居ることは知ってたから、あの島へ寄ったときにもともとコイツのスペアを造ってもらう予定ではいたんだ。そうして、ジルの店を探し出して注文をしたその日にルフィが襲われた」
「そう、お前の言うように最初は俺が狙われているなんてことは判らなかった。で、奴らの狙いが俺だって判って、それもガキん時からの因縁が元だって判ったとき、思った」
「これは、チャンスだ、───ってな」
 サンジは笑った。それは一回りも大きな海賊船を前にして、これから乗り込もうと対峙したときのような、また上陸していきなり一個師団の海兵に取り囲まれたときのような、嬉しげな楽しげな。

「で、後はお前サンの言うとおりさ。俺サマの付け加えるコメントはねぇな。ご苦労だったなダイケンゴー。こんなところまで偽エターナルポースの示す指針を追いかけて」
「そうそうソレだソレ。気になってたんだけど、あのエターナルポースはあのオヤジが仕込んだモンなんだろ?なんでこんな島を指すようにしたんだ?」
「──まあそれについちゃあ俺も知らねぇ。帰ってジルに聞いてみるんだな。素直にあのオヤジが言うとは思えねぇが」
「だがおめェは知っていた。アレが此処を指していることを」
「そりゃそうだ。でなきゃ別のルートを使って辿り着けねぇもん」
「もしかして、てめぇ───」
「ん?なんだ?」
 くるりと振り返った顔は邪気がなくて。傾きかけた日に生身の右目が面白そうな光をたたえている。
 こりゃ、このクソコックの指示だな。ゾロは確信した。
 だがサンジの顔を見て、絶対それを言うことはすまいと決意した。尋ねてものらりくらりと逃げてしまうに決まっている顔だ、あれは。
 まあいいか。あのエターナルポースも既に無いし。

 ただもうひとつ。あとひとつだけゾロには判らないことがあった。
 なぜ自分にわざわざ偽の『鍵』を置いていったのか。何の説明もなく。
 俺があの義眼にエターナルポースが仕組まれていると気付かなくててめぇを追いかけなかったらどうするつもりだった。ヤツらに本物を渡すのか。
 尋ねてみようか。尋ねたら、このひねくれコックはどう返事をするだろうか。
 楽しげにゾロを見つめる目を見返しながらゾロは内心の迷いをどう処理すべきか逡巡していて、それが顔に出たのだろう、常にないゾロの表情にサンジはとまどいを感じて悪戯っぽい顔を引っ込めた。
「………ゾロ……?」
 いつも皮肉めいた言動と態度で、どんなときもゾロに対しては気遣うようなことは一言だって言わないサンジが、置いて行かれた子供のような不安げな眼差しをして、しかしそれを隠そうと大人としての矜持を口元に漂わせてゾロを見ている。それは初めて見るサンジの顔で。

 ───そうか。
 なんだかそれだけで。
サンジのこの表情だけでゾロには何となく答えがわかった気になってそれ以上考えることを止めた。
「何でもねぇ。結局はてめぇの計画どおりになったんだろ。最後のシナリオは多少違っても、それはそれで奴らは『鍵』がもうなくなったって目の前で見せられて、すごすごと帰って行きやがった。あれだけの大人数の目撃者がいたんだからな。もうてめェを追いかけちゃこないだろうよ、よかったじゃねぇか」
「まあ、な」
 終わった後では既に興味を失ったのか、ゾロの言葉にも大した感想を返すでもなく、もちろん感謝の言葉などは口にしない。そういうやつだ、コイツは。ゾロもサンジのそんな態度に怒る風でもない。

 

 ■ 『鍵』



「ああ、そうだ」
 ふとサンジが思い出したように言った。ジャケットの内ポケットからなにやらごそごそ取り出して、ほれ、とゾロに渡す。
「あとなぁ、コレだ。ロビンちゃんが奴らから奪った『写し』のオリジナル」
「お?てめぇそんなものいつの間に?」
「へへ、てめぇが偽モンのアレを撃ったあと、俺ぁ怒ったフリして奴に掴みかかったろ?あン時スリとってやったんだ」
 実はナミさん直伝な、コレ、とこの時ばかりは悪戯が成功したときの悪ガキみたいな笑みを顔いっぱいに広げた。
 ゾロは渡された紙をゆっくりと広げた。茶色く変色していて、またインクもところどころ滲んで判読ができない部分がある。
「ナミさんとロビンちゃんの言ったとおりだったな。ほら、文字が欠けていたろ、そこはインクの滲み部分だな。オリジナルを見てもやっぱりそこの部分は読むことができねぇけど」
 ゾロはゆっくりとその紙を読んだ。あのときメリー号のラウンジでナミが読み聞かせたのと同じ内容だったが、文字で目にするのは初めてだった。

 『航海日誌より書き写す: ○月×日 嵐を抜けるとロ  ースが狂ってしまっていた。くるくると廻ってちっ も一方向を指そうとしない。こうなっ は死を覚悟するしかない。だがそれまで壊れていると思われていた例のエターナルポ スが今度は一方向をぴたりと指し示すのだ。
 ほかにどうしようもないので、指  方角へひたすら進む。すると奇跡の水 へと辿り着いた。とても信じら  ……ここでは時が止まるのか。どうやって帰路へ着いた かも解らない。ようやく辿り着いた故郷では、何故か不 議なことに皆自分より年を重ねている。』

「………やっぱわかんねぇ。コレって何か特別な意味あんのか?」
 サンジに突き返す。
 サンジはもう一度紙へ視線を落とし、じっと何か考え込んでいる。
「なあ。『鍵』って何だと思った?」
「え?そりゃ……」
 改めて問われてゾロは言葉に詰まる。そういや、俺に残された義眼はエターナルポースが仕組んであったけど、それはあの島の細工師がコイツに依頼されて造ったモンで──
 言葉に窮したゾロの表情で意を汲んだサンジは、
「いや、そういう意味じゃねぇ。その文面を素直に読めばいいんだ。ログポースが狂い、それまで壊れていたと思われていたエターナルポースが行き先を示した、とあるだろ?これを書いた男はそれを持ち帰ったんだ。故郷のノースブルーまで。そしてそれを再び彼の地へ行くための『鍵』としたんだ。そして『片目のガキ』に託す。まあなあ、最後は半分狂っていたような男だから、とんでもねぇこと考えついたモンだけどよ、球状のエターナルポースと目玉、類似性に思い至って思わず近くにふらふら寄ってきたガキに突っ込んだんだろうよ」
 てめぇが突っ込まれた当事者だろうが。ゾロは感情の色が伺えない声に内心で突っ込みを入れる。
「ま、ジルにスペアを依頼したのはこれを読む前だったがな。いずれにしろ、いつか必ずコレを巡って何らかのトラブルが起こると思っていたから、できるだけ同じ様に造ってもらった」
「じゃあ、それも?」
「ああ、エターナルポースだ」
 そう言って、サンジは無造作に左手の親指と人差し指で上下のまぶたを押さえ、右の指をさらにまぶた全体にぐいと押し込むようにして、義眼を取り出した。
 今度こそまじまじとゾロはサンジの手に乗っているそれをのぞき込む。
「ほら。手にとってみ」
 サンジを追っている道中ずっと、そっくりな偽モノを手にしていたにもかかわらず、なんとなくゾロは手でそれに触れることに躊躇してしまった。
 だが、意を決してそうっとつまんでみると、たった今までサンジの眼窩にあったそれはサンジの体温を残してまだ暖かく、指に触れる感触は硬質なのに、サンジの「一部」を感じさせて妙な気分にさせる。
「裏見てみろよ」
 本物の眼球を模した虹彩とは反対側を見ると、裏の半球は透明になっていて、そこから内部が見えるつくりになっている。
 そしてそこには、偽物と同じように小さなエターナルポースの指針があった。

「オールブルーへのエターナルポースだ」




 

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