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永遠より長く無限より短い一瞬(13)

 






 ────何が起こったのか。 
 
 激しい爆風の中に煽られてくるくると身体が回っているのが薄ぼんやりと知覚できたが、最初の衝撃でしばらく気を失っていたらしい。
 次に気がついた時は自分の身体ががっちりとしたものに押さえ付けられていて、首も腕も動かせなかった。かろうじて脚は動かせたが、少し動かしただけで痛みが脳天まで突き抜けたので、自分がそこに軽くはない怪我を負ったのだと知れた。

 遠くで繰り返される声。
『……第108番隔壁、閉鎖します。近辺の方は直ちに避難下さい……5、4、3、2、1、閉鎖。第109番隔壁、閉鎖します。近辺の方は直ちに避難下さい……5、4、3、2、1、閉鎖。第110番隔壁、閉鎖します。近辺の方は直ちに避難下さい……5、4、3、2、1、閉鎖……』

 頭全体がぎゅうぎゅうと押しつけられていて、息が苦しい。
「うぅンム」
 うなり声が出た。
 すると少し押しつける力が緩んで、鼻と口にそっと酸素チューブがあてられた。ようやく目を開けると、自分がサンジに抱えられていることが判った。
「マスター」
 自分を覗き込んでいる青い目。ああ、やっぱり眉毛巻いておいて正解、などとこの場にふさわしくないコトを思う自分に苦笑する。
 ゾロが笑ったのに安心したのか、サンジも少し笑いのようなものを返す。
「何があった」単刀直入にゾロが尋ねる。
「俺たちのいたFブロックでも爆発が起こった。もう少し考えたら、テロリストどもはステーションの一部分だけでなくて、効果的には真逆の二箇所か、十字に四箇所仕掛けたことに気付いただろう。最初のBブロックと距離があったからといって呑気に構えているべきじゃなかった」
「じゃあ、あと二箇所の危険性も──」
「あるが、それを考えるのはステーションサイドに一任して、今はてめェをまず安全な場所へ連れて行って手当することが一番だ」
 ゾロの言葉を途中で遮ってサンジがきっぱりと言い切る。
「それはそうだが、他の乗客たちはどうした」
「………」
 サンジは無言でゾロの目を見つめていた。ゾロもまた黙って見つめ返す。くそ、身体が上手く動かねぇ。
 一語一語区切るように、ゆっくりとサンジが言葉を絞り出す。
「……他の乗客、ステーションスタッフ、あそこにいた人たちは皆ダメだった」
「……ンだと……?」
 ゾロはようやく首を巡らしてあたりを見ようと目を凝らした。薄ボンヤリとした非常灯のオレンジ色の下で、目に映ったのは破片や物や人だったモノが散乱している、ただそれだけの光景。
「俺はどうして生き延びたんだ?」
「……スイッチの音が聞こえた瞬間、てめェを抱えた、ただそれだけだ。俺はそれしかできなかった。ここには何十人と人間がいたのに」
 うつろに響くサンジの声。そうか、第一原則──「ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない」──に抵触してるんだ。
 人間の命を最優先にしているロボットにしてみれば、認識できる範囲で多くの命が一瞬にして失われたことは、もし人間ならば心にトラウマを負う出来事に近いのだろう──もし人間ならば。
「……てめェのせいじゃねぇ」
 ぽつりとゾロは言う。
「てめェの手はとりあえず今は二本しかねぇし。全てを抱え込めるほど大きいわけじゃねぇ。それよか、たったひとりだけでも救えたことを誇りに思えよ。それとも、助けたのが俺じゃ不満か?」
 ぶんぶんぶん、とサンジは俯いたまま首を振る。
「なら、礼くらい言わせろ。おめェのおかげで助かった」
 ぶる、とサンジの肩が明らかに震えた。
「マスター……」
「また、そう呼ぶ、てめぇは」
「だけど、まだ助かったとも言えねぇンだよ」
 サンジは俯いたままゾロの顔を見ようとしない。
「……説明しろ」
 ゾロに促され、ようやく淡々と説明を始めた。
「……このブロックは閉鎖された。爆発の直後にすぐ隔壁が降りてな。爆破された外壁はいろんなモンが吸い出されてったあと、今はうまいこと破片がはさまってとりあえずはこれ以上の急な減圧はなんとか免れてる。だが完璧にふさがったわけじゃねぇ。少しづつ少しづつ空気は確実に漏れてる。酸素チューブをかき集めても、外部から助けがくるまで保つかどうか」
「連絡手段は?」
「ねえ──このブロックの外、できればステーションの中枢部分と何とか連絡つけて、ここにまだ人が居るって知らせることができれば、あるいは──だが、ヴィジフォンで原型残したものなんてひとっつも見あたらねぇ。
 俺たちはここに隔離され、存在していることすら知らせることができねぇ。正直、お手上げだ」
「来るかどうかわからねぇ助けをひたすら待つしかねぇってことだな」
「ああ」
 目を合わせないままサンジが頷いた。ゾロは嘆息する。さすがにまいった。テロリストどもはさぞかし満足だろう。一握りの科学者たちと、幾多の関係ない一般人とを葬り、月への交通要所の機能を奪い、そうして今さらに稀有の頭脳と彼が生み出した世界にたった一体しかない人造人間(アンドロイド)とを闇に葬り去ろうとしている。
 悔しいのは誰もその事実を知っていないことだ。生死の瞬間すら不明のまま、犠牲者のリストに載るのというのは。自分が窒息死した後何時間、何日、何十日かかかって、ようやくひからびてグロテスクな屍を回収されるかと思うとやりきれない。
 サンジは──
 コイツはそうなっても死にはしないだろう。いや、そもそも最初から「生きて」いないのだ。サンジは酸素呼吸の必要もない。しゃべるために都度空気を吸って吐いてはいるものの、人間の様にそこから酸素を体内にとりこむ必要はないのだ。
 ただ、「マスター」であるゾロが目の前で徐々に死んでゆくのをじっくりと知覚して、それでも変わらず機能することができるだろうか?
 それでなくとも、大勢の人間が一瞬のうちに死んでいったのを為すすべなく見ていたのだ。陽電子頭脳に変調を来していてもおかしくはない。今はまだサンジのプライム・マスター(第一位の主人)である自分が生きて目の前にいる。さっきゾロがサンジを慰めたとき、確かに反応がいつものアイツらしくなかった。ゾロの言葉によって陽電子頭脳のバランスが引き戻されたのだろう。プライム・マスター、一番に優先すべき主人の言葉にはそれだけ実行力があるのだ。
 それだけ影響のある自分が目の前でゆっくりと死んでゆくのを見ていたら、おそらくサンジの陽電子頭脳はただでは済むまい。ロボットは頭脳が全てだ。身体(ボディ)は入れ替えることができるが、頭脳が狂ったロボットは廃棄されるだけだ。
 なまじ爆発の瞬間を生き延びただけ、辛い時間を過ごすことになるのか──俺もコイツも。

 どん底まで思考が沈みきったところで、腹の底のほうからふつふつと怒りが湧いてきた。
「冗談じゃねぇぞ」
 思わず言葉が口を突いて出た。サンジがはっと顔を上げ、ゾロを見る。
「チクショウ、むざむざそんな惨めな死に方をしてたまるもんかよ。おい、もっと何か探せ」
「何か、って…。何を?」
「何でもいいんだ。何か役に立つかもしれないモノを、ってことだよ。おい、あきらめるにゃまだ早いぞ。俺たちゃまだ生きて動いてるんだ。考える頭もある。それも二種類、たんぱく質ベースのと、金属とプラスチックベースのがな」
「でもお前、動いたら」
「大丈夫だって。もともと頑丈にできてるンだ。俺がヘバるのは寝不足になった時だけ。昨日はたっぷり寝たしな」
 目覚めもよかった。ぽっかりと目が醒めたら、目の前に金色頭があって、その下に金色の睫毛が見えた。こんな間近でサンジが目を閉じているところなんて見たことがない。じっと見つめていると、その睫毛が細かく震えて、そっと開いた。それは蝶の羽化のように綺麗で、睫毛の中からビー玉のように透きとおった青い目が現れ、それがじっと自分を見つめていた。
 思い出すと背筋を奇妙な感覚が伝う。それを無視して腕と腹筋に力を込め、上体を起した。途端、脳天まで激痛が走る。
「……ぐっっ!」
「動くな。お前、足が──」
 制止するサンジに縋り付くようにして自分の足を見た。正しくは、足のあった箇所を。
「……俺が抱えたのはなんとか頭と上半身だけで。飛んできた破片に──」
 右足は膝下、左足は足首のあたりから先がなく、黒い布でぎちぎちに縛られていた。一端見てしまったからには一気に意識がそこへ集中してしまい、どくどくとちぎれた周辺で血が波打つような感覚がする。
「──そっか」
 ぼそりと言った。「ついてねぇな」
 これじゃあ本当に時間の問題だ。
 それでもゾロはあきらめるつもりにはなれず、横たわったままサンジに指示を出して破片の山や隔壁のあたりを探らせた。サンジも少し動きがおかしかったがそれについては二人とも何も言わなかった。この上悪い面を確認したとしても何もならない。サンジとてゾロを抱えて爆風の中を転げ回ったのだ。多少普通の人間より頑丈にできているとはいえ、あくまでも家庭用・オフィス用仕様に作られているのだから、限度以上の衝撃を受ければ当然壊れる部分もあろう。
 なんとかどれかの隔壁を開けて人のいるブロックまで辿り着くか、通信手段をみつけて助けを呼ぶか──
 そう考えてひたすら内側の隔壁沿いを調べるのに数時間費やした。
 ──だめか──
 辛抱強いゾロとて、さすがに意識が何度か遠のく。足はすでに感覚を失っているが、失った血の量が多かったらしく寒気がときどき身体を襲う。
 ずっと瓦礫の中をよろよろと動くサンジの背を見つめていたが、ふとそこから視線を逸らせ、首を巡らせて小さな丸窓越しに外の宇宙空間を見た。
(行きはよいよい、帰りは怖い、か)
 途端、ゾロの頭の中に閃くものがあった。
 ──────!?
「おい!」
 それだけの声でサンジがすっとんで来る。
「何だ? クソミドリ。何かあったのか?」
「俺らここへ何で来た?」
「──? 何って。月からシャトルに乗って、ここへ着いたばかりのときにドカンって──あ?」
「そうさ。ここの『外』にはそのシャトルがまだ繋留してる筈だよな。内側への移動しか考えてなかったけど、このすぐ外側には都合のいい移動手段があるってえことだ」
「確かに!」
 がば、とサンジは宇宙空間とステーション内部を隔てている最外部壁まで飛んでいって、小さな丸窓へかじりつく。その場で振り返って叫んだ。
「あるぜ! すぐソコ、そっちのB70って書いてあるハッチだ! エアロックは当然閉じてる。だが繋留されたままステーションと同期してる…つまり俺らから見て静止してる」
「着いた直後だったからな。これからメンテナンスチェックに入るところだった筈だ。爆発の影響を受けていなければ、そのまま飛ぶことはできるんじゃねぇか」
「パイロットもフライトアテンダントも降りてそのままか。メンテ要員だけが中に取り残されてるってことは?」
「あり得るけど、多分救命ポッドで脱出してるだろうよ。シャトルなら必ず積んでるからな。つまり俺らもあそこまで行くことができれば、最悪ポッドで出られる。ポッドは独立して救難信号と無線機が積まれてるから、救助される確率がぐんと高い」
 顔を見合わせて、ぱん、と手と手を打合わせた。
 まだ助かったわけじゃない。だが助かる道が見えた。サンジはありったけの酸素チューブをゾロのポケットにねじ込み、入りきらなかった分はズボンのベルトに挟んだ。そしてB70ハッチの前にゾロをそっと運んでもう一度ゾロを見る。こくり、とゾロが頷くのを確認してから、ハッチの脇の操作パネルへ指を踊らせた。
 待つことしばし──パネルの表示ランプがグリーンになったのを見て、明らかにホッと肩が下がる。丁寧にゾロを抱き上げ、おんぶする体勢に持ってきた。
「行くぜ」
「おお」
 ハッチのハンドルに手を伸ばす。ぐるりと回すと見た目ほど重たくなく、拍子抜けするくらい簡単にスライドして開いた。幸いにも繋留中だったために通路部分もまだエアを抜かれてはいず、ただしんとした通路が前に伸びていた。
 ゾロを背におぶったまま、サンジは慎重に歩き始めた。一番心配だったのは操作パネルの回路がやられていないかどうかで、通路内のエアが漏れている可能性を恐れていたが、エアさえ充填しているのならばこの先も期待できる。それでも何が起こるかわからないので、油断なく感覚を研ぎ澄まし、何かあったらすぐ走り出せるように少しかがみ気味に足を踏み出していた。
 反対側、シャトル側のハッチまで辿り着いた。今度は少し手こずった。本来ならば「内側」から開ける仕様になっている。しかしシャトル側は緊急時用に外から強制解除できるようになっているので、その部分を探し出して、ハッチを開けた。
(……ほぅ……)
 二人同時に安堵のため息をつく。一見したところ、シャトル内も数時間前に後にしたのとさほど変わらない様相だったからだ。
 とりあえず手近なシートにゾロを横たえ、サンジは戻って両方のハッチを閉じた。また戻るとシャトル内をくまなくチェックし始める。途中、ギャレーで見つけたいくばくかの水と食料をゾロへと運んできた。
 ゾロはさすがに怪我と緊張続きで顔色が蒼白になって、目を閉じ浅く息をついていた。 
(早くまともな治療を施さないと──)
 ツキリ、とサンジは後頭部に痛みを感じて眉をひそめる。まただ──爆発からこちら、時々同じ箇所が痛む。今までこんなところに痛みを感じることはなかったのに。回路のどこかがやられているのかもしれない。
 しかし自分のことは後回しだ。頭痛は無視して脱出ポッドの有無を確認に回った。予想どおり、残っていたメンテナンス要員が使用してしまったのだろう、ほとんどの箇所が使用済みの赤いランプが灯っていた。
 ひとつ、またひとつと赤い使用済みランプを確認しながらまたじくじくと痛みが増してくるのを知覚する。あった。ようやく緑色の未使用のランプが灯っているポッドハッチを見つけた。これで少なくとも助かる可能性はぐんと上がったことになる。その後もシャトル内をくまなく探り、未使用のポッドは結局ひとつだけだということが判明した。まあいいだろう。別にたった二人しかいないのだから、ひとつあれば充分だろう。
 緊急脱出ポッドは最大六名が収容可能で、グリーンランプを確認してハッチを開け、狭い内部に乗り込んで身体を定着させてハッチを閉めてから、ポッド内部にある射出ボタンを押す。すると短時間のジェット噴出でシャトル母体から離脱し、その後は自動で発信される救助信号と備え付けてある無線で外部と連絡をとって、救助を待つという仕組みだ。自力航行の能力はないが、最長七十二時間は過ごすことのできるエアと食料の類が搭載されている。
 テロリストの仕組んだ爆発がよほどパニックを呼んだのか、メンテナンス要員はとにかく手近にあるポッドに飛び込んでしまったのだろう。ひとり一基か、ふたりで一基くらいの贅沢さで使用されたらしい。
 しかし後からまだ人が脱出路を求めてやってくるだろうなんて想像するだけの時間も余裕もなかっただろうから、責めるいわれもない。とりあえず一基残しておいてくれただけで充分である。
 だが、サンジにはまだ充分とは思えなかった。ゾロの容体を考えれば。
 ポッドで脱出してから、救助されるまでどれくらいかかるのだろうか───? ステーションの中枢はどれくらい機能していて、救助にどれくらいの人員が割かれているのか。
 まずは情報が欲しい。
 シャトルのコックピットへもぐり込む。できれば通信設備が生きていれば、直接救助を呼ぶことができるのだが。
 冷静な目でずらりと並んだパネルやレバー類を眺めてから、操縦席に座ってヘッドフォンを装着する。ためらいもなくパネルに手を伸ばした。





 

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