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19歳のハロウィーン

 




 かり、かり、と小さな音がする。
 うっすらと目をあけてみると、ゆらゆら揺れるランプの灯りの中、小さな手刀でカボチャを削っている手が見えた。
 かり、こり。
「何だそれ」
「ジャック・オー・ランタン。のミニチュア。このサイズなら頭にかぶれねえし、ま、キャンドルを入れる程度だけど」
「何だそれ」
「知らねえの。ハロウィーンだろ。ハロウィーンっつったらトリック・オア・トリートとか魔女とかほうきとかカボチャ大王だろ」
「……」
 知らない、と言うのが癪だったのでただ黙って返事とした。サンジはふ、と微かに笑ってそのまま手を動かし続ける。
 かり、こり。こり、かり。
 器用な手だ。見ているうちに小ぶりのカボチャに目が出来、にんまり笑う口が出来る。
 ナイフを持つサンジの手は筋張っていて、指が長い。よくよく見るとあちこちに白っぽい傷跡がある。戦いには使わない、というポリシーがあるくせに、実際はよく怪我をしているからだ。魚をさばいたり、獲物の皮を剥いで内蔵をさらったり、実際この手は日々の生活でかなり長い時間刃物を握っている。
 獲物が死にきれずに不意にけいれんしたり、撥ねたりとで切り傷は日常茶飯事だ。そのほか火傷もある。熱い鍋の柄や蓋を、そのまま平気で掴んでいるので、熱くはないのかといつだったか聞いたことがあるが、慣れた、との返事が返ってきた。
 そういう手が、こりこりと一心にナイフを使っている。
 手首から二の腕。肘。そして上腕部。筋肉の張った男の腕だ。腕は肩へと続き、上へ昇ると首、そのまま横へ視線をやると鎖骨だ。
 オレンジ色のランプに照らされて、それらはとてもなめらかで触り心地が良さそうに見えた。
 ゾロはふと、手を伸ばそうとしてやめる。
「サンジ」
「……ん?」
 なんとはなしに呼んでみたものの、会話を続ける気にはならない。
 サンジもまた、手を止めることなく次のカボチャを手に取った。
 ふと、視線はカボチャにとどめたまま、サンジが口を開いた。
「ハロウィーンていや、思い出すな。俺らが十九のときのハロウィーン」
「…………」
「しけた街だった。運悪くギャングの抗争に巻き込まれた」
「ああ」
 何となく、思い出した。思い出して、舌打ちをしそうになる。


 運が悪いといえば、とことん運が悪かった。関係ないのに巻き込まれただけでなく、全くの誤解で双方の陣営から敵と思われ、両方から追いかけ回されるはめになった。
 まず流れ弾に当たった。運悪くサンジの軸足だった。顔を歪め、歯を食いしばって転ぶのだけは避けた。
 だがスピードは格段に落ちる。口径の大きい銃で、貫通はしたものの血と肉をごっそり持っていかれた。
 ゾロはサンジに肩を貸しながら船へと目指したが、別働隊の待ち伏せに遭った。
 こんなところで終わってたまるか、とゾロもサンジも戦った。近接戦闘なら二人に適う者はいなかったが、あいにく狙撃手がどこかに潜んでいて、それも格段にいい腕だったらしく、動き回る二人に何度も銃弾がかすった。
 少しでも足を止めればやられる、と二人とも判っていたが、それでも多人数を前に思い通りにならないこともある。
 二度目はゾロの上腕。いきなりバッと血を吹き出したかと思うと、どこか筋をやられたらしく、左腕がだらりと下がったまま上がらなくなった。
 頭を吹き飛ばされたわけではないが、もう少しでそうなるところだった。
 ゾロ本人よりも、サンジがその事実に戦慄した。
「うおおおおっっ!」
 叫んで飛ぶ。パンパンと銃を撃ってくるが構わず飛んだ。拳銃があたる距離は通常せいぜい七〜八メートル。その距離を一瞬で詰めて飛び込むと近すぎてもう狙い撃つことは不可能になる。
 数名固まってる中に前のめりに飛び込んで、そのまま腕の力で逆立ち。勢いがついているのを上手く両足を回転させてさらに破壊力を増して蹴る。
 ブレイクダンスとムエタイの合わせ技のようなサンジのオリジナルだ。バランス感覚の良さとバネのような全身の筋肉と、なによりセンスが要求される。
 まとめて四、五人吹っ飛ばして、くるりと反転、たっと立ち上がって次の敵へと向かおうとした際、ぐらりと大きく身体が傾いた。
 撃たれた足の箇所は痛むというよりしびれを通り越して感覚がなくなっていたが、血を流しすぎて思うように身体が動かない。ぱあん、とまた銃声がした。敵のただ中に居るときは味方を巻き添えにすることを恐れて狙撃はしてこないが、こうして少しでも隙ができると撃ってくる。
「キリがねえし、そもそも誤解じゃねえか。まともに相手してられっか!」イライラして怒鳴る。
「わーってる。さっさとトンズラこきてえが、それができればこんな苦労してねえ」
 全く、なんてシンドイ日なんだ。二人は胸のうちでつぶやく。
 ゾロの上がらなくなった腕の側からひとり、大上段に斬りかかってきた。
 大きく反り返った刃。圓月刀だ。刃が厚く大きい分、重量がかなりあり、当たれば骨まで一気に断つ。
「うおおおおおっっ!」
 男が声を上げる。いつものゾロならば近い側の刀を先んじて振るって刃が自分に届く前に敵の腕を斬っていたが、左腕が反応しない。
 その分、避けるのが一瞬だけ遅れる。ザンッと重い刃が振り下ろされ、今度は左腿の肉を削がれた。
「――……ッッ!」
 ぐっと歯を食いしばって出かかった声を我慢する。今声を出したら膝を折りそうだった。そんなのは敵にはもちろん、サンジに聞かせるわけにはいかなかった。
 圓月刀を避けながらそのまま身体を半回転、足と左腕の痛みは無理矢理無視して、右手の刀を振るう。神速のスピードで銀色の光が空気を切り裂いた。圓月刀の男の喉頭部を骨ごと切り裂く。頸動脈を一閃して血しぶきがざっと舞った。男は喉を切られたので声も出せず倒れる。
 二人とも、狙撃手の射線を気にしつつ、目の前の敵をひたすら倒すことに全神経を集中させた。
 今でこそ無敵とも言える強さを持つ二人だが、十九の時は経験も、実力も今とは遠く及ばない。
 街のマフィアややくざ者、一般の雑魚海賊程度ならば簡単に退けられたが、不意を突かれるとさすがに「穴」もなくはなかった。
 それでも結局のところ、大量の血をまき散らしつつも、なんとか襲撃者をその場に沈めることに成功した。

 むせかえるような血臭のなか、ゼイゼイ、ハアハアと荒い息だけが響く。
「……おい、生きてっか……」
「…………」
「……くたばったか」
「くたばってたまるか。お前よかずっとピンピンしてら」
「それは残念。ようやくワインラックのボトルの心配をしないで済むと思ったのに」
「ハッ! ケチくせえこと言ってんじゃねえ……」
「そうだな。無事に船に戻ったらとっときのボトル出してやっから。二人で開けようぜ」
「なんだよ。また出し惜しみしてたな」「たりめーだ。ザルにはもったいねえ」
 たわいない内容をやりとりしつつ、よろよろと立ち上がる。二人とも着ているものはところどころ裂けていたし、自分の血と返り血でぐっしょり濡れていた。
 身体が重い。同じことを思ったが、口には出さずに歩き出す。
「そっちじゃねえよ」「んあ?」
「この年でいい加減迷子になってんじゃねえっつの。こっちだ」
 サンジがゾロの腕をつかむ。ゾロがぐらりと身体をよろめかせ、倒れそうになるのを自分もふらつきながらなんとか支えた。そのまま肩を組む。
「なんだ、今日はやけに親切だな」
「俺はいつでも親切なジェントルマンだ」
「プリンスとか言ってなかったか?」
「蹴り飛ばすぞダイケンゴー。それにしてもお前、熱いな」
「そうか? 俺はどっちかというと寒いが」
 血を流しすぎたのか。ヤバイな。
 そう頭の隅で思うが、サンジ自身も似たようなものだった。サンジも結構血を、体温を失っている。
 そのせいか、頭がガンガンとハンマーで殴られたようで、痛みに目がかすむ。
「暗いな。もう夜か」
「……夕方だ」
 ヤベエ。コイツ目が見えてねえ。
 しかしサンジも時間の問題だった。ほどなく日も暮れ、気がつくとあたりは真っ暗だった。目がみえなくなったのか、本当に暗いのかもう判断がつかない。
 残りの力を振り絞って歩み進める。二人の後には地面に小さな染みが点々と続いていた。
「……おい」
「んあ」
「人に寄りかかったまま寝るんじゃねえ」
「寝てたか? 俺」
「寝ぐされマリモめ。今は起きてろ」
「…………」
「だから寝るな!」
「……ああ、ちと眠てえ。夜だからしょうがねえだろ。それにしても灯りのひとつもねえな」
「夜だからな。後でたっぷり寝かせてやるから、今は起きとけ」
「……ここはどこか、お前わかってんのか?」
「ああ、わかってるさ。いいかここは島だ。そして俺らが歩いてるのは道だ」
「…………」
「だから寝るなっつの」
「…………」
「クソケンゴー!」
「眠みい……」
「クソ! このアホ! 寝るな!」
「…………」
「あとでいくらでも飲ませてやる! だから!」
「……酒なんか……より」
「ああ、ああ! 何でも欲しいモン喰わせてやるから!」
「……お前……が……ほし……」
「――――ッ!」
 驚いたのは一瞬だったが、答えることに迷いはなかった。
「いいぜ。むさぼり喰えよ。生きて、帰ったならな!」
 まさか、ゾロがそういう気持ちでいるとは思わなかった。サンジの気持ちはずっとずっと心の奥底にしまい込んで、一生表に出すことはすまいと思っていたのに。
「……無事に……生きて帰……ったら……」
「だから、俺たち二人とも帰るぞ! そうしてチョッパーの治療を受けて! 治したら……あー……なんでも好きにしていいから!」
 それにしても真っ暗だ。暗いから自分の顔が見られなくてよかった。貧血を起こしてるのに顔が火照ってたまらない。
 ちくしょう。この未来の大剣豪をこんな道半ばで死なせるわけにはいかないんだ。船を停泊させている入り江はもうすぐそこにあるはずだが、人家もないから月明かりだけが頼りだ。しかし月はどこへ行った? 星はどこだ? 今日はなんでこれほどまでに暗い?
 そのとき、ぽっ、と足下が光った。淡いオレンジ色がちろちろと揺れている。サンジは視線を落とすとそれが小さなジャック・オー・ランタンだと認めた。
 ぽ、ぽ、ぽ、とカボチャの顔が連なって揺れる。その連なりの先に、メリー号のマストヘッド灯が小さく見えた。
 なぜ、こんなところにジャック・オー・ランタンが? 疑問に思うよりも安堵の方が大きかった。かろうじて細く息をしているゾロを半ば抱えるようにして、サンジは仲間が待つ船へと向かった。



「アレってば、一体なんだったんだろうなあ」
 かり、こり、かり。
 サンジはかぼちゃを削る手を止めないまま、呟いた。
 結局、あの十九のハロウィーンの夜、死にかけた二人は押し殺していた気持ちをさらけ出すこととなり、身体を重ねる関係となったのだった。
「ハロウィーンっていや、あれだろ。魔女とか妖怪とかがワンサカ押しかけてパーティ開くヤツだろ。俺の故郷のお盆みたいなモンか」
「は? トレイがなんでハロウィーンだよ。まあ確かに冥界との門が開く夜と考えればいろいろ不思議があってもおかしかないのか……な?」
 そうかもしれない。俺らが命にしがみついたから、殺してた気持ちを腹いせに引きずり出してったのかも。
 かり、こり、かり。
 サンジの手の中で、カボチャがにんまり笑った。


End.

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後書き:

2012/10/14のGrandLine Cruise2内、「青」のペーパーラリーに参加したペーパーです。

GLC2にも出てなかったんですが、いつもお世話になっているBOOTLEG+さまが委託してあげるから、ペーパー書きなさい、このタイトルで、って天からの声を降らせてくれました。
当日は3種?4種?の同タイトルのペーパーが並んだそうです。うわー楽しそう。

タイトルもらって書くのって私にできるのかいな、と思ったんですが、なんとかかんとかできました!
ハロウィーンにつきアップ。

 

(2012/10/31)