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竜の覇者(29)




「それでは、太守どのも賛成ということでよろしいですね」
 ベンが穏やかに締めくくった。
「主な太守と統領の合同会議を要請します。太鼓の伝報を打たせましょう。ルアサ、ナボル、クロム、ケルーンとあとビトラとレモスの各城砦と、」
「ベンデン、イスタ、テルガー、イゲン、フォートの大厳洞にもですね」
 サンジが後を引き取って言う。実務的なことはさすがロビンの仕込みだけあってソツがない。
「農夫ノ長の報告も必要でしょう。この病が拡がらないよう予防策を講じなくてはなりませんからね。あとは竪琴師ノ長に議長を務めてもらいましょう」
「ことは食全般にかかわるから、漁夫ノ長も同席してもらったらどうだろう」
「了解しました。こちらの太鼓の塔からでよいですか? 発信元は、ハイリーチェスとティレク合同としましょうか」
「よい。まかせる。私は至急に近隣の小城砦の太守たちと協議せねばならん。当事者なのでな、事の次第の説明と、あとうまくいった場合の配分方法についても簡単に打ち合わせておかねば。招集にはここからがよかろう。急ぐのであろう? すぐにこの城砦の竪琴師を呼びにやらせよう」
 一旦決断すると、次に打つ手を算段するのは早かった。そこら辺はさすがというべきであろう。
 アーステル太守は、自分の意識が訪問者たちの望む方向にほんの少しだけ押されたことに最後まで気づかなかった。
(してやられたわい。あの統領補佐は普段シャンクスの陰にいて目立たないやつだと思っていたが、なかなかどうして)
 そして後に控えていた飛翔隊長と洞母。男二人で統領と洞母だなんて変を通り越してあり得ない筈だが。
(伴侶ではなくて、相棒といった感じに近いか…? いやもっと上手い言い方がありそうだ…まあそんなことはいい、この局面を乗り切れるなら、奴らの思惑にのってやろうじゃないか)
 そして長い廊下を歩きながら、飛んできた側近に早駆け獣と使者をしつらえるように立て続けに指示を出していった。


「おや、お久しぶりですね」
 アーステル太守と入れ違いに部屋に入ってきたのは以前ゾロとサンジが会ったことがある竪琴師、ドレイクだった。この城砦に配属されているのだからここで会うのは不思議ではないが、それでも思ってもいなかった場面での再会にゾロもサンジも少しだけ驚いた。
「なにやら不穏な雰囲気でしたね。太守とすれ違ったのですが、ひどく厳しい顔つきをしてらっしゃいました…。問題ごとですか?」
「また、とは言わないんだな」
 ゾロが苦笑しつつ言った。あの市の日はドレイク師が割って入ってくれたおかげでなんとかしのげた。今回もそうであって欲しい。もの柔らかな口調と丁寧な物腰のおかげで、「いかにも竪琴師」といった雰囲気があるが、その観察眼と記憶力の良さ、言葉の巧みさはその外見を裏切ってしたたかで如才がない。
 多分、とゾロは考えた。この、楽曲に関すること以外の部分によって、西部地方の最も大きな城砦に配属されているのだろう。
 三人はさっと視線を交わした。どうせ太鼓の伝報を打ってもらわなくてはならないし、竪琴師の長にも出席依頼をしなくてはならないのだ。それに何より、ここティレクが問題となっている不作の中心地でもある。アーステル太守も説明の手間を省くために彼をここへ寄越したのだろう。
「実は──」
 ベンがドレイク師に座るよう促すと、サンジがそっと扉を閉めた。


「上手くいくだろうか」
「上手くいかせるんだよ、ボケ」
「ンだと、コラ」
「あはは、仲がよろしくて結構ですね。ところで本日はロビン様はどうされました?」
 シャンクスの負傷はドレイクも知っていた。ただその怪我の具合までは届いていなかったようで、ロビンが不眠不休で傍についているということも当然耳に入っていない。
「ロビンは──統領についてる。まだ統領は目を覚まさないんだ。そろそろあれから四日が過ぎる。いい加減シャンクスが目を覚まさないでいると、彼女もまたダウンするぞ」
「──竜は? 彼らの竜たちはどうしているんですか?」
「これがまた、頑固なヤツらでしてね、」
 言いかけてベンはちらとサンジの方を見た。サンジが後を引き受けて口を開く。
「ハキスもフルールスも頑として病室のすぐ外から動こうとしないんだ。…どんなに説得してみても、食餌をとろうとしていない。このままでは皮が骨にくっついてしまうんじゃと思っちまう。そんなことはないけど、さ」
「心配で心配でしょうがないのは解る。特にハキスはね…。しかし私たちがあれこれ考えていたところで病状に影響はでないし、できることをやっておかないと、シャンクスが起きたときに怒鳴られてしまいますし」
「…なるほど。さて、招集の伝文はこれでいいでしょう。二日後、この合議ノ間、と。さてどれだけ集まってくれるでしょうか」
「出来るだけのことはするさ」
 ゾロとサンジが同時に言った。



「本日はお忙しい中こうしてお集まりいただき、大変有り難く存じます」
 議長である竪琴師ノ長アイスバーグがまず口を開いた。彼はかなりの長身で、こうして全体を見渡す様子は、身分にふさわしく威圧感があった。しかしながらバスの声は柔らかく響いてけして見た目ほど怖い男ではないと安心させるものがある。実際彼をよく知るものは、意外と茶目っ気のある面もあることを知っていて、工舎のみならず広く愛され、尊敬されていた。
 招集した側のティレクのアーステル太守がテーブルの一辺の中央に座り、ハイリーチェス大厳洞の統領補佐ベンと首位洞母ロビンがアーステルの隣の席に着いていて、会議テーブル全体を見わたしていた。
「皆様お忙しい身でいらっしゃるので、さっさと本日の目的の議題に移らせていただきます。ここへ飛んできた折に気が付いた方もいらっしゃったかと思いますが、この秋、ティレクを中心とした西部地方一帯の耕作地に病が発生しました。また、今年は近年まれに見る異常気象のため、乾燥したまま立ち枯れているものも多くなっています。この乾燥と、北西からの冷たい風のせいで病が広範囲に拡がっていることで、この地域の領民達はこの冬を越すだけの充分な収穫が見込めないことが判明いたしました」
「なんだって? これから刈り入れというこの時期に、すでにそこまで逼迫することが解っていると?」
 ナボル城砦の太守、グザヴィアが言った。すぐにアーステル太守が返す。
「残念ながらその通りだ。冬を越せない。実に前年の三割以下しか収穫が見込めない状態なのだ」
 会議場全体がアーステルのこの発言にざわっととどよめいた。
「三割以下とは…それは確実なのか?」
「そうだ。何度も調査したが、病の範囲は気づいたときには既にかなりに渡っていて、畑地を焼いたりもしてみたが、大海に一滴の水を垂らすようでほとんど効果はなかった」
「農夫ノ頭は?」
「真っ先に相談したよ」苦笑しながら、手を振って同じテーブルについている農夫ノ頭に合図を送る。
「いかがですかな? フリーデン師」
 アイスバーグが農夫ノ頭に発言を促した。
 日に焼けて、にかわのような顔色の農夫ノ頭が眉間に皺をよせた渋面を保ったままで言った。
「今回の病については、一体いつどこから発生したのかがわからんのだ。気が付いたら殆どの箇所で病がはびこっていた。穂がやられるんだ。これがそうだ。穂がしわしわに干からびて、ぽろぽろ崩れてくる。最初これは異常乾燥によるものかと思っていた。しかし違う。根や水を媒介にするのかと思い、溝を切ったり、一反まるごと焼いてみたりもしたが、とびひのようにまた別の地にまた現れる。正直、手に負えん」
 生粋の農夫らしく、短く、簡潔な言葉で現状を語るその様子は淡々としていたが、それだけにこの病に対して彼が感じている無力さを推し量ることができた。
「今までこのような穂を見たことがある者は…?」
 アイスバーグがその穂を順繰りに会議テーブルの間をまわし、尋ねたが、誰もが首を振った。
「それで、この病が大陸全土に拡がる可能性は…?」
 クロム城砦のラヒーム太守が手を挙げて発言した。それに答えたのはベンだった。
「今のところは、その可能性はなさそうです。不思議なことに西部地域全体には拡がっているのに、山脈を越えた中原地域へは何の影響も見られません。東部は言わずもがなです。私らが、統領の密命を受けて数名で調査いたしましたところ、今のところこの症状が出ているのは西部地域だけに限定されております。これはあくまで推論ですが…」
 最後は少し言いにくそうに声が落ちる。そこにアイスバーグがくいと片眉をあげて無言で先を促した。
「もしかしたら病は空中を漂う胞子のようなもので伝播するのかもしれません。そしてそれは山脈を越えることができない。きっと高地の冷たい空気に触れると死滅するかどうかするのではないでしょうか。ですから西部地域のみに限定されているのではないか、と思われます」
 それを聞いてテーブルの殆どの出席者がありありと安堵の色を顔に浮かべた。よかった、そんな得体の知れない病が自分たちの地にやってきたらえらいことになる、西部地域は気の毒だが、せめて一地域のみで済んだだけでもましではないか、とひそひそと囁くものすらあった。アーステル太守は腕組みをし、無表情を装っていたが、顎とこめかみのあたりがさっとこわばった。
「まだ推論の段階に過ぎません。しかしそう考えるといろいろなことにつじつまが合うのです」
 ベンが締めくくったのを機に、またアイスバーグが農夫ノ頭に話しかけた。
「ハイリーチェスの統領補佐が言ったことは確かに頷けます。それでは、農夫ノ頭には、さらに原因究明を急いでいただくよう、お願いしたく思います。私の工舎でも、古い史録に何か役に立ちそうなことが残っていないか調べさせましょう。原因さえ解れば、対処法も見えてくるはずです。皆さんの城砦でも、何か記録が残されていないかお調べいただきたい。そして何かわかったら私か農夫ノ頭にお知らせ下さい」
 そうだな、それがいい。と口々に賛同の声がテーブルの周囲で上がった。
「それでは、今日の合議はこれでよろしいですかな──、」と腰を浮かせ掛けた太守たちに向かって、
「お待ちいただきたい」
 と、鞭のような声が響いた。

「ティレクの太守どの」
 アイスバーグ師が柔らかに発言を促す。
「これでは、本日お集まりいただいた目的の半分もまだ終わっておりません。貴方がたのところの耕作地が無事で居られそうであるのは大変喜ばしいが、最初に申し上げたように、私のところでは例年の三割以下しか収穫が見込めないのだ。これをなんとかしないことには、この冬の間、最悪飢えて死ぬものが出てくる」
「それは…」
「であるから、ここに私たち西部地域の者は、中原、東部の地域から食料配分を受けたいと思っている」
「食料配分だって?」
 またしてもテーブル全体がざわざわとどよめいた。
「そうだ」
 プライドの高いティレクの太守は、これを言うことに随分勇気が要ったことだったろう、とベンは内心思った。それを裏付けるように、アーステル太守は口元をぎゅっと引き締めて、目は自分の真正面にひたと据え、ほとんど睨んでいると言っていいキツイまなざしをしていた。
 しかしやはり西部随一の大城砦の太守である彼に提言してもらわないことには意味がないのだ。彼が発言するからこそ、事態の重みと深刻さがまともに受け止められる。
「それほどまでに深刻なのか?」
 先ほどのグザヴィア太守が問う。
「それほどまでに深刻だ」
 尊大にうなずきながらアーステル太守はそのままの言葉で返した。
(ずいぶんと偉そうな態度)
 ロビンは胸の内だけで呟く。まあいいわ、とにかくティレクほどの大城砦が助けを求めていることが示せれば。
 今まで黙って聞いていたルアサ城砦の太守、イェンがおもむろに口を開いた。
「食料配分とは随分と大ごとですな。大陸の端から端までを? 一体どれほどの量をお求めか知りませんが、それにしてもその要求はあまり現実的ではないのでは?」
「しかし、『現実』に我らの地域では食糧難が待っているのですぞ。そして輸送運搬に関しては、このハイリーチェス大厳洞が手を貸してくれると言っている」
 さっと視線がベンとロビンの二人に集中した。二人は示し合わせた訳でもないのに、同時にゆっくりとうなずいてアーステル太守の言葉を肯定した。
「竜が荷役獣の役割をするのですと…?!」
「どうか、おわかりになっていただきたい。事態はそれほどまでに深刻だということです。竜児ノ騎士も、間隙が飛べるものならこの輸送任務に参加させます」
 ベンが言った。この発言に合議ノ間が一層ざわつき始めた。


 

  

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