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竜の覇者(43)




「また緊急会議ですか。あまりにも最近多すぎませんか」
「まあ、物騒な出来事があったばかりですから」
「そういえば、昨日、竜たちが一斉に吼えたのは、あれは何だったのでしょう」
「貴殿のところもですか。うちもそうだったんです。竜騎士から竜に尋ねても、ただ『呼バレタ』としか言わないそうです。竜たちもよく判らなかったみたいで」
「例の、洞母殺害未遂事件と関係があるのでしょうか」
「わかりません。でも他でもない、今日の会議を招集したのは当のハイリーチェスからです」
「これで全ての片がつけばいいのですが」
「全くです」

 ハイリーチェス大厳洞の峰に、いつもとは違う竜たちが留まっていた。孵化ノ儀の時のように華やかな雰囲気はなく、緊張感漂う訪問者たちはたまにひそひそとささやきを取り交わすだけで、案内された合議ノ間へと向かった。そこで迎えた男を見て目を瞠る。
「シャンクス…」「赤髪が…」「あの男が復活したのか」
 中身の詰まってない片袖が邪魔といわんばかりに中途で結んだシャツを着、その上からこれは上等な生地の上着を引っかけただけの、見ようによってはラフな姿のシャンクスがテーブルの正面の席に着いていた。
 視線を左右に振れば、シャンクスの右隣に竪琴師ノ長アイスバーグ、左隣にはサンジが座っている。
「おい、その男が何でそこに座っているんだ! アンタのとこの洞母を襲った犯人だろう?」
 あがった声に向かってシャンクスはギロリと冷たい視線を投げた。
「これは心外。主席洞母が怪我をして出席できないから、次席洞母が代理となるのは当然だろう? それにサンジが犯人だなんて、どこの世迷い事だそれは? はっきりとした証拠もなしに決めつけるたあ、いつの間にてめえらそんな腑抜けに成り下がった」
「でも聞いたところでは…」
「だから、聞いた話だけで判断するなっての。本人からきちんと話してもらおうじゃねえか。今日はそのために集まってもらったんだ」
 全員が席に着くのを確認して、アイスバーグが口を開いた。
「それでは、ハイリーチェスの首位洞母殺害未遂、および下働き一名殺害の詮議を始める」

 議事は淡々と進んだ。ロイドが呼ばれ、サンジの長靴が証拠として提出された。マキノとターリーが呼ばれ、サンジがその時間ロビンを襲えたはずがないと証言した。
「しかしその者は、洞母サンジの養い親なのでしょう? そして洞母ロビンが倒れているのを最初に発見した者でもある。ということは、洞母サンジが大厳洞を不在にした時刻を偽っている可能性もありはしまいか?」
 フィヌカン太守が難癖をつけた。彼は内心かすかな焦りを感じていた。昨日からマードックと話をしていない。動かぬ証拠を作りに行く、と言った後一体どこで何をしているのやら、ここへ来れば姿を現して結果を聞くことができると思ったのが、何の気配もないのだ。
「ベンデンの太守どの、それは不可能です。なにせその時、サンジはキダ師をベンデン大厳洞へお送りしてたのですから」シャンクスが言う。
「ほう? 身重のラティエスに乗って? それはかなり無理をさせたのではないですかな?」
「いいえ。サンジは私のハキスに乗っていったのですよ。私が許可しました。ちょうど他に間隙飛翔のできる竜がいなかったものでね。なにしろ私はキダ師に絶対安静を言い渡されておりましたし」
 まだ絶対安静中のはずのシャンクスがにっこりと笑って言う。楽しそうに笑っているのになぜか悪人に見えるのが不思議だ、と長くつきあいのある統領たちは思った。
「ハキスですと! しかし、それでは…」
 太守たちがどよめく。統領や洞母も黙って目を見交わした。
「そう、サンジはハキスとも思念で会話できるのですよ。ハキスだけではない、全ての竜と話をすることができる」
「そんなことができる竜騎士は──!」
「過去の洞母の中には数名いたらしいですが」
「本当なら非常に稀有な才能だ」
「竪琴師の歌謡の中の絵空事かと思ってましたよ…」
 シャンクスの隣のサンジに視線が集中する。今まで黙っていたサンジが初めて口を開いた。
「俺は…」

 一旦言葉を切って、ぐるりとそこにいた面々を見渡した後に決然と話し始めた。
「最初の俺の友達は見張りフェルでした。親しく言葉を交わす友達は他にいなかった。ここの大厳洞に来て、たくさんの竜たちの声が聞こえることは俺にとってたとえようもない喜びでした。しかしどの竜も唯一とする騎士が居て、子供の俺は真剣に相手してもらえない。それでも竜たちの話を聞いているだけで楽しかった。俺はずっと自分が全部の竜の声が聞こえることが特別だなんて思っていなかった。だけどそのうち、竜と話をするのは伴侶となっている竜騎士だけだって聞いてからは、このことを黙っていたほうがいいと思った」
「なぜ?」
 やんわりとどこかの洞母が尋ねた。実に不思議そうに。
「だって、伴侶としてる竜が他の人間とも話ができるって知ったら、きっと気を悪くするでしょう」
「そんなことはないわ。そんな狭量な騎士はいません。あなただって想像すればわかるでしょう。ラティエスがあなたの他に話し相手を見つけたら、あなたはその相手に嫉妬するの?」
 驚いたようにサンジがその洞母を見た。テルガーの洞母、ということはゾロの実母だ。
「ね? 別に伴侶として何が変わるわけではないし。あなたのその能力は、大厳洞を束ねる洞母として非常に優れたものなの。まったく、男性だろうと何だろうと、あなたが黄金竜を感合したのは何の不思議もないわ」
 一同、この言葉に一斉に納得の声を上げた。もし竜児ノ騎士ノ長ヤソップがこの場にいたとしたら、『竜騎士として一番大事な資質は竜との親和性である』と自説を説いたことだろう。

「さて、そういうわけで洞母サンジはハキスに乗って不在だったということは確実ですね」
 アイスバーグが皆の注意を引き戻した。
「それでは完全に洞母サンジは洞母ロビンの襲撃とは無関係ということです」
「いや、それはちょっと待った」
 シャンクスが意義を唱える。
「確かにサンジはロビンを襲ってはいない。だが、考えてくれ、ロビンが襲われた場所を。サンジとゾロの岩室だったんだぞ。そしてロビンは手燭も何も持っていなかった。マキノの証言によると、ロビンは故障した吐炎具の代わりに、サンジの吐炎具を探しに行ったんだ。ロビンがそこに居たことはまるきり予想外のことで、犯人はロビンを襲うつもりではなかった、ゾロかサンジ、おそらくこの時大厳洞に残っていた筈のサンジの方だろう、目的は。さて、そこで問題はだ、」
 シャンクスがテーブルの上に残った片腕で肘をつき、身を乗り出した。
「誰がサンジを狙ったのか、だ」

 めまぐるしい展開に全体がざわめいた。フィヌカンは居心地が悪そうに椅子の中で何度も位置を変える。
(一体、マードックは何をやってるんだ)
 これは彼にとってあまりありがたくない展開だった。
 議場内に問題が行き渡るのを待ってから、シャンクスがまた口を開いた。
「さてここでまた長々と容疑者を探るのは得策ではないでしょう。実はすでに犯人は取り押さえております」
 一層場内がざわめくところを、シャンクスは扉を開けて外に向かって何か告げた。ほどなく、左右を屈強な男に押さえられ、拘束衣を着せられたマードックが連れて来られた。
 フィヌカンががたん、と椅子から立ち上がる。それを横目で見てシャンクスが何事もないように続けた。
「皆様、昨日このハイリーチェス大厳洞で何が起こったかをお話しましょう。まず糸降りがありました。ゾロを飛翔隊長にして飛べる竜騎士は全員戦いに行った。一旦補給と休息のために戻ってきたとき、その中にゾロとバシリスの姿はなかった。しばらく経ってからバシリスがこの大厳洞上空に現れて、落下した──」
「落下?」「竜が?」「それで、ゾロとバシリスは!」
 まあまあとなだめて続ける。
「ハイリーチェスの竜たちが一斉に飛び立って、落下するバシリスを受け止めて無事大厳洞まで連れ帰って来ました」
「おお、昨日の竜のあの不思議な行動はそれだったのか」
「そちらでもですか。すると大陸中の竜が反応したということですか」
「誰かに『呼バレタ』としか言わなかったが」
「それは、サンジでしょう。実は俺もその声で叩き起こされましてね。フェリスの果汁で眠らされていたらしいのですが」
 またしてもサンジに視線が集中する。
 サンジは申し訳なさそうに言い訳をした。
「あのとき、ゾロとバシリスがどこにも感じられなかったので焦ってたところ、一瞬だけ感知できたのにすぐにまた感じられなくなったので、何かよくないことが起こったのだと咄嗟に──」
 自分がどれだけ必死だったのか、ゾロが過去に行っていたことまで言うわけにはいかず、サンジは下を向いてしまった。大陸中まで響くくらいの叫び声を上げたとは、さすがに恥ずかしい。
「ゾロもバシリスも意識がなかった。無事に地面に降ろすことができたのはサンジの能力のおかげです。そして、バシリスの背にこの男も一緒にくくりつけられていた」
 シャンクスがマードックを指し示した。
「ベンデン大厳洞の緑ノ騎士、マードックです。彼は比較的軽傷でしたので、何が起こったのか尋ねてみようと連れて参りました」
 さ、とマードックに視線を投げる。押さえていた男たちがマードックを左右から引っ張り立たせた。

「何か言うことは?」
 アイスバーグの冷静な声に、マードックがのろのろと顔を上げた。頬はげっそりと痩け、落ちくぼんだ眼窩から血走った目がらんらんと輝き、どうみても正気には見えない。
「ホルリスが…ホルリスが…何もかもあいつらがいけないんだ…」
「あいつら、とは誰と誰のことかな? 言ってみなさい」
 あくまでも冷静なアイスバーグの声が議場に低く響く。
「あの、ゾロとサンジのことさ! サンジだけを狙ったのに、伴侶の方に見つかっちまった! だから両方ともいなくなれば清々したのに!」
「ということは、君は洞母サンジをどうにかしようとした目的で近づいた、ということだね?」
「ああそうさ、あんな不吉な洞母なんて、いない方がいいんだ! 誰のためにもならない!」
「それで、君はハイリーチェス大厳洞に忍び込んだ?」
「ああ、だけどサンジでなかった!」
 ロビンを襲ったという暗黙の自白に、場内がどよめいた。しっとアイスバーグが制する。
「最初襲ったのがサンジでなかったから、もう一度サンジを狙って来たというわけか?」
 その質問には答えず、マードックはぐるぐると喉の奥でなにやら呻いていた。しばらく待っていると、マードックは顔を上げて並んだ面々の中にサンジを見つけ、嬉しそうに笑った。
「そこにいたのか」
 目がひたとサンジを見据え、一歩踏み出す。左右の拘束係がぐいと引き戻した。
「お前の伴侶に見つかりさえしなければ、もっとうまく運んだはずだった。あんなところで声を掛けられさえしなければ、ホルリスだって…!」
 そしてまた、ホルリスを失った慟哭が続く。
「ホルリスが死んだのも、みなあいつのせいだ!」
「…ゾロには、大きな刀傷があった。あれはお前がやったんだろう?」
 顔を蒼白にしてサンジがようやく言った。昔自分の目の前で展開したことを、ここで、皆の前で言うことができたなら。しかしこの部屋へ入るまえ、竜が時ノ間隙を飛ぶことができることは秘密にしておく、とシャンクスと約束させられた。
『ちょっと考えてもみろ。それが明らかになったら、全ての過去の糸降りにまで飛ぶことを強要させられるぞ。そこまでいかなくても、竜がそれができると知れただけで、どんな混乱を招くことになるか、判らないお前じゃないだろ?』
 当然サンジは判っていた。最初偶然に発見したときですら、そのことを思い描いてゾロと自分だけの秘密としていたのだから。
 ギリ、ときつく歯を食いしばる。
「お前は初めから俺を狙っていた。ということは何か凶器を隠し持っていたわけだ。それでロビンを昏倒させた。ゾロが刀傷を負っていたということは、それは長剣か、それに類するものだろう」
 ゾロとこの男が闘っているところを、自分は本当は間近で見ていたのに、それを言うことができないのはまだるっこしくてたまらなかった。
「俺が、それでゾロと闘ったと? あっちの方が先に仕掛けたんだよ、俺はしょうがないから防いだだけさ」
「よくもぬけぬけと──!」
 サンジを目にしたことで、マードックの憎悪が狂気を押しのけたようだった。ここにきてなおも言い抜けようとするとは計算外だった。
「それに結局、どこにもないんだろう、その剣とやらは? 俺が何でロビンを襲ったって? 全部言いがかりじゃないか」
 サンジはあまりの怒りに目の前が真っ赤になった。この男がやったのは間違いないのに、証言できない。あの場にいたのは、俺と、この男と、そして──
「剣ってこれのことだろう」
 扉を開けてゾロが立っていた。


 ゾロは頭や腕に包帯を巻いていた。なにより胸の大部分が真っ白の包帯で埋められているのが目を引いた。それをシャツ一枚引っかけた姿で、開けはなった扉に寄りかかってぜえぜえと息をしている。
「ゾロ!」「ゾロお前、起きあがるなんて無茶だ!」
 夜中じゅうサンジはゾロの傍に付き添っていて、ゾロは目を覚ます気配は全くなかったというのに、一体いつどうやってここまでやってきたというのだろう。
 ぐらり、とゾロが倒れそうになるのを素早くサンジが飛んでいって支え、椅子に座らせた。
「ばかお前、無理しやがるから…」
 胸の包帯に血がにじんでいた。
「問題ねえ。それより大事な時に、何で俺を呼ばねえ」
「呼べるわけないだろっ! 瀕死の重傷なんだぞお前」
「ま、いい。間に合ったようだしな。さて、剣だったよな? この剣がコイツの振り回してた剣だ。俺もコイツで斬られた。必要なら最初から何が起こったのか細かく証言するぜ」
 アイスバーグが近寄って、ゾロの手からその長剣を受け取った。抜きはなち、刃の状態を見、また鞘に収めて言う。
「重要な証拠物件が出ましたな。これをどこで?」
「ハイリーチェスから少し離れた間道の脇ってところかな。詳しい場所はうまく言えないが、ホルリスを失ったコイツを抱えて、俺はバシリスを着地させた。そこでコイツがこの剣を振り回したんだ。俺は斬られたがなんとかコイツを気絶させることができたんで、またバシリスに乗って帰った。それだけだ」
「この剣がこの者の持ち物だという証拠は?」
「よく見てみろ。鞘に刻印があるだろう」
 アイスバーグがもう一度長剣をジッと観察した。ほう、と息をつくとゾロとサンジを見て言った。
「確かに、ベンデンの印がありますな。しかし、これはベンデンはベンデンでも、ベンデン大厳洞ではなく、ベンデン城砦の印ですが」
 皆が一斉にフィヌカンを見た。フィヌカンは真っ青になってぱっくりと口を開けた。ようやく絞り出すように声を発したが、舌がもつれてうまく話すことができない。
「な、何を言うのだね。べ、ベンデン大厳洞とベンデン城砦は庇護する側とされる側、道具のやりとりがあってもおかしいわけがないだろう」
「それはまたゆっくりお尋ねしたほうがよいでしょう」
 アイスバーグはゾロがまた気を失いかけているのを見て、この場で一旦議事を打ち切ることを提唱した。場内皆賛成し、しめやかに閉会した。


 

  

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