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竜の覇者(44)




 熱い砂の上にラティエスの吐息がシューッと響いた。
 サンジは心配そうにラティエスに寄り添って、目の縁を撫でていた。すでに五個の卵が砂の上に産み落とされていた。斑の入った卵が砂の上に等間隔で並んでいる。
「ラティエス。俺は本当に君のこと、誇りに思うよ」
 その声にラティエスは無言でもう一つの卵を産み落とすことで返した。産まれたばかりの卵は、ぶよぶよしていて柔らかそうに湯気を立てている。サンジはそっと手を伸ばしてラティエスを振り返った。
(イイワヨ、触ッテモ)
 ラティエスの許しを得て、サンジは卵の殻にそっと手を触れた。暖かくて柔らかい。じっと手のひらを当てているとどくどくと脈を打っているのが感じられた。
(コレカラ、コノ孵化場ノ砂ノ熱デ徐々ニ固クナッテユクワ。ソシテ充分固クナッタラ雛ガ孵ル。伴侶トナル人ヲ見ツケテ、共ニ生キテユクノヨ──アナタト私ノヨウニ。他ノ全テの竜ト同ジヨウニ)
(うん、そうだね)
 また一つ、卵が産み落とされる。ラティエスは長く吐息をついた。
(アナタハズットココニイル必要ハナイノヨ。ぞろノトコロヘ行ッテアゲナサイナ。私ハヒトリデ大丈夫。イイエ、ヒトリニシテオイテ。コレカラマダマダカカルンダカラ)
「ラティエス、俺に傍に居て欲しくないの? まさか拗ねているわけじゃないだろ? ハキスに乗っていったのはしょうがなかったんだし」
(バカネ、ソンナコト気ニスルワケナイデショ。私ハアナタガドコニイテモ感ジラレル。アナタガ気ニシテル事モ全部判ルノ。今ハぞろノトコロヘ行ッテ、アナタノ気ガ済ムヨウニシナサイ)
「判ったよ…魂の半身って本当だね。俺が本当は何を望んでいるかお見通しなんだ」
(当然デショ)
 フン、とラティエスは鼻を鳴らし、人間なら明らかににやりと笑ったように目を細めた。

「ゾロ、ラティエスが卵を産んでいるよ」
「知ってる。さっきバシリスが教えてくれた。おめでとう」
 ゾロはまだ安静を言い渡されていたが、ずっと顔色もよくなり、寝台の上に半身を起きあがらせていた。サンジは同じ寝台の端に腰掛ける。
「ホント、無茶しやがって…」
 サンジはゾロのまだ胸を覆っている包帯にそっと指を滑らせた。時ノ間隙から出てきたときの安堵と衝撃と不安とは未だに思い出したくもない瞬間だった。
 マードックが改めて逮捕され、フィヌカン太守が更迭された。あまりにスキャンダラスな出来事のため、詳細はその場に列席していた人々のうちで留められ、対外的には突然の病気のための引退、とされた。
 ゾロはあの後、追ってきたターリー師に再度絶対安静を言い渡され(シャンクスも実は同様だったのだが、こちらはうまく言い逃れた)、療法師の厳しい監視の下に置かれたのであった。ようやく昨日療法師の病室からサンジとの岩室へと移ることを許された。

「お前だったんだな…」
 サンジがぽつりと言う。
「お前が、俺をアイツから護って大厳洞に連れてきてくれたんだ」
「いや、違う。俺がアイツを『あの時』へ連れて行ったせいなんだ。おかげでお前は足を──」
「足なんていい。俺はどのみちあの時お前に出会っていなければ、道ばたでのたれ死んでいたろうよ。あそこでお前に出会ったことで、俺は今まで生きてこられた。足の一本や二本、どうってことはない」
「でも、俺は大厳洞じゃなくて、他の城砦かどこか、もっと安全な場所へ連れて行くことだってできた」
「バカ。ホントお前はバカだ。俺はここ以外どこで生きていかれるっていうんだ? もう既に起こっていることを覆そうなんて思うな。お前がああしてくれたおかげで俺はお前に会え、そしてラティエスとも出逢えた。全てこれでよかったんだよ」
「お前は、本当にそう思っているのか? 女王竜を感合して洞母になって────」
「────交合飛翔でお前に抱かれて?」
 サンジはゾロの目を覗き込んだ。
「なあ、お前が時ノ間隙の向こうへ行ってしまったと知ったとき、俺がどんなに後悔したかわかるか?」
 ゾロは黙ってサンジの目を見返す。幼いサンジの目を同じように見つめたのはゾロにとってほんの数日前の出来事だった。
「あのときさあ、初めて気がついたんだ。俺がどんなにお前を必要としているか。そして気がついてしまったら、自分に嘘はつけなくなっちまった」
 サンジはゾロから目を離さない。
「俺はお前が欲しい。まるごとのお前、全てを。交合飛翔の時にお前だって感じただろう? あの全てが融け合って一つになって、俺とお前が一緒になる箇所へ、何度でもお前と飛んで行きたい」
 心も、身体も全てを混ぜ合わせて──
 ゾロはぶるっと身を震わせた。なんて強い目差しだ。小さかったコイツは俺が想像するより遙かに大きく強くなりやがった。
「だから、お前が戻って来てくれて、本当によかった」
「俺は戻ってくるさ。どんなところからでも、どんな状態でも、お前のところへ。お前の存在が俺にとっての照合座標だから」
「おう、戻ってこい」

 どちらから先に手を伸ばしたのかわからない。手は互いの熱を互いに取り込もうとせわしなく動き、身体中をまさぐった。唇は何度となく重なり、唾液をむさぼり飲んだ。震える睫毛、汗で湿る髪の毛、未だにじむゾロの血も互いに分け合い、味わった。下肢を擦り合わせ、もどかしく下履きを取り去ると、欲望が素直に腹を打つ。
 笑いあい、手を伸ばして互いの性器をそっと握り込む。また口づけを交わしながら性器を優しく撫で上げた。その手がだんだんと早くせわしくなり、二人は同時に全身を緊張させて達した。
 二人の身体の間に溜まったぬるつく液体をまとめてゾロはサンジのさらに奥へと手を伸ばす。サンジはごくりと喉を鳴らしたがそっと足を左右に開いて受け入れた。
 一度したことがあるとはいえ、ちゃんと意識があって受け入れるのは初めてだ。自然身体が強ばるのを、ゾロが唇をそっと目蓋にあててなだめる。
 指がサンジの奥にもぐりこんできた。んっと眉をきつくしかめると、ゾロが舌をちろちろと出して顔を舐める。
 動物じゃないんだから、とサンジは思いながら、でも竜騎士も動物と同じかもと思い直す。舌はサンジの口もとを舐め、口の中に潜り込んで執拗に濡れた音を立てた。
 その間も絶え間なくゾロの指はサンジの中を掻き回し、上も下も濡れた音で部屋を満たした。
「んっふ…」
 息が続かなくなりゾロの頭を押しやると、そのままゾロの舌はサンジの首筋を舐め、鎖骨のくぼみをぺろりとやって首をすくませると、胸の尖りへと移る。サンジはぞくぞくぞくっと背筋を駆け上がるものをやり過ごすことができずに小さく叫び声を上げた。
 力が抜けたサンジから指を抜くと、ゾロはサンジの脚を抱え込んで腰を上げさせた。
「いいのか?」
「今更、」
 何言ってんだ、と続ける前に熱いものがサンジの奥に当てられ、ゆっくりと押し入って来た。
 交合飛翔の時は竜の精神に引きずられて何がなんだかわからないまま翻弄されていたが、今はゆっくりステップを踏んで、ひとつひとつの感覚も誤魔化されることなく感じられた。圧迫感と違和感とそして胸の内にわき起こる幸福感。痛みもそのまま感じられて涙が滲んだが、ゾロがゆっくりゆっくりと動くのにつれて痛みが遠のき、代わりにやってくる快感を迎え入れられるようになる。
「ああっっ…あっ」
 サンジの声が艶を含んだものになり、互いに短い呼吸を繰り返す。ゾロはサンジの性器に手を掛けた。優しく撫で上げるとさらにサンジが声を上げる。サンジの前と奥をけしてせかすことなくしかし執拗に責め上げ、ゾロはさらにサンジに声を上げさせた。
 どれだけ経ったのか、サンジの声から苦痛の色が消え、快楽だけを表すようになってから、サンジが大きく身体を震わせ、のけぞった。ゾロもまたサンジをぐいと抱えこんで動きを止める。
 しばらくはあはあと短い呼吸を繰り返し、二人ともどうと寝台の上に身体を投げ出した。
「……」
「……」
 無言で顔を見合わせ、もう何度目かわからない口づけを軽く交わす。
 ゾロの目の中に不安の色を見て取って、サンジは笑って言った。
「ばぁか、交合飛翔の時と比べてやなんかしねえよ。これは純粋に俺たちだけの行為。さっき俺が言ったのはな、ありゃ口実だ」
 だから、とにかく俺はお前が欲しかったの、とサンジは照れたように繰り返した。ゾロはそれを聞いてちょっとぽかんとした後、同じように大きく笑い返した。



 大厳洞はまた竜たちの歌声で満ちていた。孵化場の熱い砂の上を白い衣を着た候補生が列をなして歩いて行く。ときどき熱さに負けてひょい、とリズムを崩すのもいつものことだ。
 サンジは誇らしい気持ちで胸をふくらませながらひな壇のゾロの隣に座っていた。周囲にはシャンクスとロビン、ベンもいて、皆にこやかに笑みを交わしている。
 孵化場には固い殻の卵が三十五個ほぼ等間隔で散らばっていた。ラティエスは少し高いところに陣取って、首を伸ばして卵と、それを大きくとりまくように並んだ候補生たちを眺めていた。
(落ち着いて、お嬢さん)
 サンジはラティエスに呼びかけた。ラティエスは翼を開いたり閉じたりとせわしなく動かしている。
 皆がかたずを飲んで見守る中、最初の卵にひびが入った。竜たちの歌声は一層高くなり、歓喜のコーラスとなった。
 ラティエスの黄金の身体は誇りと喜びにあふれ、キラキラと光り輝いた。卵からは勢いよく雛が飛び出し、まっしぐらに候補生のひとりに向かって行く。そして感合が果たされた。
「あれは?」
「鍛冶師ノ工舎のところの若者ですよ」
 ひそひそと囁きがひな壇の見物人の上を渡って行く。ひとり、またひとりと感合が進むのをサンジもまた誇りで胸をいっぱいにしながら見ていた。

 残りの卵が四分の一を切ったころ、ちらりと視線を脇のゾロに流して、ゾロもまた真剣に感合を見守っているのを確認してから、サンジはそっと顔を寄せてゾロの耳にだけ聞こえるように囁いた。
「あのさ…あの…今だから聞くけど、交合飛翔の時、お前はなぜテルガーからすっ飛んで来たんだ? 俺、お前がやっぱり統領の地位狙いだったのかと思ってずっと悩んでたんだけど」
 するとゾロは目をまん丸に剥いてサンジを見た。
「だって、あれはお前が俺を呼んだだろう? お前は気づいていなかったかも知れないが、まっすぐ俺だけを呼ぶ声が聞こえたんだ、遠くテルガーまで。お前は俺に何も隠せやしねえんだぜ。思念で嘘をつくことなんかあり得ねえから。だから俺はすっとんで行った。バシリスも俺に同調してくれた。飛翔競技会でだってぶっちぎりのスピードだったと思う。それくらい必死だったんだ」
「…何…それ…ウソ…ほんと?」
「本当だって。大厳洞ノ伴侶に嘘なんかつけねえよ」
 真っ赤になって俯いたサンジの横顔と、それを覆う金髪を見て、ゾロは俺だけの黄金竜だなこりゃ、と内心でつぶやいた。
 バシリスが高い鳴き声で賛成した。それに応えてラティエスと、他の竜たちも。
 ロビンがそっとつぶやいた。
「だから言ったでしょ。竜はけして間違えないって」



End.

 

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あとがき

 

 

 このお話はアン・マキャフリイの「パーンの竜騎士」シリーズ(ハヤカワ文庫)から舞台設定をお借りしております。とにかく壮大で素晴らしいお話で、シリーズ第一作の「竜の戦士」はヒューゴー賞とネビュラ賞を受賞してます。私が出会ったのが今から約20年くらい前なのですが、ちょうどそのころ竜の騎士三部作、竪琴師の工舎三部作とどんどん刊行されてゆく中、夢中で読みふけったものでした。ご興味をもたれた方はぜひ図書館ででも探してみてください。

 このような壮大な世界をお借りして二次創作なんて本当におこがましいとは思いますが、ゾロとサンジをこの世界で活躍させられてとても楽しかったです。原典では洞母と統領の関係はかなりさらりと描かれていますが、考えると非常に美味しい設定ですよね。もちろん原典では男性の洞母なんていませんが、ふと思いついてその位置にサンジを据えて妄想したらもう止まりませんでした(笑)

 彼らのお話は五年後の「竜の血脈」に続きます。とはいっても全く別の事件になりますが・・・。番外編「踊りの名手は相手を選ぶ」はその間あたりに位置します。機会がありましたらもっと年月の経った彼らにも会いたいですね。

 ここまで読んでいただきありがとうございました!



2010/5/12

  

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