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意地

 




「いいか、耳の穴かっぽじくってよく聞け。そもそもあの娘との馴れ初めは……」
「何が『馴れ初め』だってんだ。まだ付き合うほどもいってなかっただろうが。上陸して半日だぞ。その短い時間に出会って知り合って気持ちが通じあったなんてアリエネエ」
「るせ! あれからそうなる予定だったんだよ! ああ、麗しのデイジーちゃん。キュートな金茶の髪にエメラルド色の瞳がすごく映えて、そばかすさえも笑顔を引き立ててた! あの笑顔はまるで爆弾のようだった! キミとの出会いはまるで雷に遭ったようだったよ! このアホ剣士が邪魔しさえしなければ、あのままキミの手を取って、一目散に教会へ飛びこんでしまいたかった……」
「雷に打たれたとき、心臓が止まっていればよかったんだ。そしたら教会で牧師に祝福でなくて弔いの祈りを捧げられていただろうに」
「……本当に心臓が止まったのかも知れネエ。どきどきして頭に血が上って耳元で鐘が鳴る音が聞こえた……」
「おおい、ドクター。ここに不整脈で高血圧で、おまけに幻聴の患者がいるぞ。そういやお前かなり出血多量なんじゃねえ? その状態で血圧が高くなるはずねえだろうが。自覚症状がねえのが不思議だな」
「ミドリムシに言われるのは心外だ。そちらさんこそ、耳だの腕だの取れかけてるように見えるんですがねえ。まあ耳より三半規管が生まれつき欠け落ちているんじゃありませんかね? 俺があの娘とさあこれから愛の逃避行で教会へ行こうと固く将来を誓い合っていたときに、海軍の群れを率いて現れやがって!」
「…愛の逃避行で教会行きって何かおかしいんじゃねえか。普通、祝福されねえから逃避行ってするモンだろ?」
「突っ込むトコはそこかよ! つか、何であんなトコに海軍引き連れてやってくんだっつってるんだよ! それも黙って行きすぎれば何の関係もねえただの他人でいられたのに、『お、コック、今日の晩飯は?』って巻き込んでんじゃねえこのボケ! 百歩譲って声掛けるのを良しとしてもそこは『助けてください』だろ! 追われてる最中に晩飯のリクエストなんかするかフツー!」
「あー……」
「あー、じゃねえ! ついでに言えば、いー、も、うー、も全て却下だ!」
「…昼飯を食いはぐっちまって、腹減ってたんだよ。で、お前見たらつい」
「つい、じゃねえ! つまりはナニか? 俺は梅干しみたら唾液、っていう条件反射のアイテムか? 俺の顔が食いモンに見えるのかテメエは!」
「見えねえな」
「そうだろ見えねえだろ。俺はレディをエスコートすることに至上の喜びを見いだす恋の下僕だっつの」
「この間はプリンスとか言ってなかったか? 身分がたくさんあって忙しいなあオイ」
「なあオイ、もしかしたらいつかなるかもなメイビーダイケンゴー様、例えって言葉を知らねえのか。知らないなら辞書引いて憶えておけ。大辞林グランドライン版、第四十四版がライブラリにあるから出航までに四百三十四ページをめくっておけや」
「ほんっとよく口が回るよなぁ、お前。でその下僕でプリンス様の邪魔を俺がしてしまったからお前は怒ってるんだろ?」
「ちげえええええよ! 何度言ったらわかるんだよ! お前みたいな下等緑藻類がいくら邪魔しようが、俺とデイジーちゃんの仲にヒビひとつ入る筈ねえだろ! 俺が我慢ならねえのはだな、その後で海軍が銃で狙いをつけた時、射線にてめえが飛び込んできたことだ! 俺を庇うなんて真似はそれこそ百万年早えんだよ、このボケ!」
「でもあの時テメエはあの女を抱き上げて」
「当たり前だ、レディには真っ先に安全な場所に避難してもらわねえと」
「しかし女一人抱えて銃の火線を逃れられるほど回復してねえだろ、テメエの腰」
「ほー、つまりはテメエは俺様の腰の状態を慮ってくださったワケね。お優しくて涙がでるわ。それっくらい気が回るなら、最初っからあんなに乱暴に何度も何度も揺さぶったり表裏ひっくり返したり好き放題するんじゃねえ!」
「お前の方だって合わせて腰振ってたろーが! そもそも、お前は一度も止めろとか嫌だなんて言ったことねえだろ!」
「そりゃ言う筈ねえだろ! 頭まっ白になって目の前にお星様がチカチカ瞬いて天国まであと一歩てときに、途中で止められてたまるか!」
「へえ、つまりお前は俺のことを乱暴だのテク無しだの言いながらそれに満足してるってわけかい」
「満足たあ言いぐさだな! 入れて突くだけの単調作業しか出来ねえテメエの為に俺の方が工夫と技術とでカバーしてやってるんだ! いいか! セックスはでかいだけ体力だけじゃあ絶対満足まで持っていくことはできねえんだぞ!」
「言いやがったな! いつも俺のでかさにヒイヒイ言ってるくせに!」
「ハ! 俺の方こそテメエを何度も何度もイカせてやってるだろうが!」
「よし、じゃあ『どっちが相手を多くイカせられるか勝負』だ!」
「おおよ、動けなくなるか降参と言ったらその時点でソイツの負けで終了ってことでいいな?」
「承知した。じゃあ!」
 二人ともがばりと身を起こし、身につけているものを取り去ろうとした、が。
「あ痛っっ!」「ってっっ!」
 両人とも頭を抱えてまたその身体を白いシーツの上に横たえる。
 二人ともシャツの類は着ていなかった。その身体の上を覆うのは真っ白い包帯で、ところどころ赤いモノが滲んでいる。
「ふたりともいい加減にしろよな! いくら何でも動ける状態じゃあねえだろ! 絶対安静! 起き上がるのも禁止!」
「なあ、チョッパー、でもじゃあ寝ながら少し運動するってのは…?」
 ぎろり、と高みから冷たい目で見下ろして、低い声で船医は厳かに宣言した。
「特にセックスは厳禁。医者の処方を破った人間は……」
「破ったら…?」さすがにバツがわるそうに上目づかいで聞くと、
「二度とセックスなんてできないように手術してあげるよ。陰茎と陰嚢のどっちがいい?」
 にっこり笑った白衣に、海軍より何よりも恐ろしいものがあると二人は内心で同時に頷いた。


終わり

 

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後書き:

2009/5/4のプチオンリー「青天ファイト!」の当日企画のひとつ、ペーパーラリー用に、「短く、短く」と呪文のようにつぶやきながら書いたSSです。

A5で、という用紙サイズの指定があって、私の頭の中にはペーパーってものは通販やイベント予定などのインフォメーションを記すものであって、SSや4コマはオマケというイメージがありましたので、どうあってもA5の「片面に」収めないと! と思っていました。
努力の甲斐あって、なんとかみっちり片面にそれこそ1行の隙間もなく入りましたけど、内容は……まあ、アレですね……。

どんなにみっちりかというと、こんな感じ (PDFファイル)。 右下の空白部分は、その表側にちょうどペーパーラリーの三角ロゴがあったためです。切り取られちゃったら読めなくなるので。

(2009/5/30)