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変わるもの変わらないもの

 




「ぐるぐる。ダーツ」
 ゾロは言いながら人差し指でサンジの左眉をなぞる。海明かりが細く床に縞をつくり、ふたりはマットレスの上に横たわって気だるげに肢体を伸ばしていた。
 汗の臭い。青くちらちら見える空気と闇の狭間で、二人はつい先ほどまでもつれ絡み合っていたのだった。
 かちり、と音がしてぽっとオレンジ色の火が灯る。嗅ぎ慣れた煙草の匂い。ああ、とゾロは声に出さずに嘆息した。

「蚊取り線香。渦巻き」
 サンジは肘をついて空いている方の手をつと伸ばしかけ、やめた。
 ゾロがこうやってサンジの眉のことを揶揄するのは昔からだ。珍しい上にもまだ珍しく、片方は眉尻が、片方は眉根が丸まっている。
 それを人に知られるのが嫌で、頑なに片方は隠していたが、ゾロと夜を共にするようになって、すぐに──ばれた。
 以来、何かというとゾロはサンジをからかうネタにしていた。サンジの眉をからかっているわけではない。『眉を気にして、隠しているサンジ』をからかっているのだった。
 自分が反発してムキになるのが面白いから、だからゾロはそうやっているのだとは判っていた。判っていてそれでも怒ってみせずにはいられなかった。なぜなら二人は仲が悪いから。喧嘩するのが日常茶飯事だから。

 今はサンジは黙ってゾロが眉をいじるにまかせている。半分伏せた目で逆にゾロを観察していると言ってもいい。
 こちらに向いているゾロの上半身は薄い月光の中で見ても逞しくなっていた。もともとずっと鍛え続けていたのは知っていたが、こうやって二年という歳月の蓄積を目の前にすると、なかなか感慨深いものがある。
 傷の数も増えた。袈裟懸けの大傷のせいで目立たないものの、サンジの眼には二年前にはなかった傷がいくつも見てとれた。

「ぴよぴよ。あひる」
「おい」
 ようやくサンジは目を上げてゾロの目を見返した。
「なんだ」
「あひるはないだろう。眉とは関係ねえだろう」
「いいじゃねえか。似たようなモンだ」
 言いながらゾロはまだサンジの眉を指でなぞるのを止めない。つつつ、とその指がこめかみへ逸れ、前髪を掻き上げた。
「こんな面白い造作なのに。なんで隠したりするんだ」
「面白い、なんて言われて喜ぶアホがいるかよ」
「おめぇらしい顔だ」
「……ンだと」
「怒るなよ。他に類を見ねえくらい稀少だってこった。こんなヤツ、二人といねえよ」
「俺は怒りたいンだが、もしかしてもしかしたら喜ぶところなのか、ここは?」
 ゾロは答えない。静かに笑っているだけだ。
「何で今度はこっちなんだ、隠すの?」
「いいじゃねーか、気が変わったんだ」
「いっそのことオールバックにするか刈り上げちまえばいいのに」
「嫌だね。刈り上げなんてとんでもねえ。オールバックもあの砂ワニ野郎みてえじゃねえか」
「あのワニな、インペルからマリンフォードまでルフィと共同戦線張ったってよ」
「らしいなぁ。一体ドコをどうやったらあんな奴が味方になるんだか。全くルフィの真に怖えところはその懐の深さだろうな」
「全くだ。あの女王様の様な美女、あれも七武海なんだろ? あれも全面的に味方になってるし」
「……それは俺が一番許せねえところだ……」
 ゾロはサンジが本気で憤っていることに、くすりと笑った。
 お互い二年振りに再会して、変わったところと変わっていないところを瞬時に見て取った。見た目ではない。それよりももっと奥、本質のところがどうなのか。
 海から海賊船を分断して上がってきたゾロは、岸辺にいたサンジをすぐに見つけた。左右の分け目が逆になっていることや、少しあごひげが濃くなっていたことなどより何より、彼の持つ独特な雰囲気がそこだけ青く火が灯っているように『見えた』のだ。
 相変わらずだな、と思いながらも彼の持つ『気』が二年前よりずっと濃く重くなっているのも見て取って、ほう、と思ったのだ。
 サンジはサンジで、ゾロが船をも真っ二つにしたことに感心しながらも心の奥ではそれを当然と見なしていた。自分は自分で出来る限り自らを高めたのだ。バカが付くほどの修行おたくならばそれくらいはやってのけられるだろう。

 今までいつもそうだったように、慌ただしく出航した。海底へと向かう航海は何もかも初めてで、毎度のことながら忙しい。
 それでも出航の騒ぎが一段落すると、二人は示し合わせたわけでもないのに、ゾロのトレーニングルームへ忍び入った。すぐに何も言わずに互いの服をむしり取り、肌をさぐり、感触を確かめ、反応を味わった。
 さながら無言劇のように進む営みは、ひたすら激しかった。貪り合い喰らい合う二匹のケモノといってもよい。
 ただ夢中で己れを高めた二年間。厳しく自らを律することができたからこそ、ここにまた立つことができるのだと何も言わずとも理解していた。この男の隣に。

「それにしても、ルフィがあの女王様にあんなに惚れられるなんてねぇ」
「ありえねえ。ありえねえよ! 許し難い冒涜だ! 俺が地獄で耐えていた間アイツはあんな美女と……!」
「ハハ、ルフィは何とも思ってねえようだぞ?」
 ゾロはサンジの前髪をくるくると指にまきつけて遊びながら笑う。サンジは口を尖らせてブツブツと言った。
「それもまた許し難い。あんな美女を目の前にして何もしねえだなんて」
「……お前だって石になってたろ」
「……てめえだってなあ」
「ンあ?」
「てめえだって、あんなカワイコちゃんに送ってもらいやがって。聞けば修行中もずっと一緒に居たそうじゃねえか。まさかとは思うが……手をだしたか?」
「アホ。ンなこと考えるヒマもねえよ」
「わかるもんか」
「あんなあ」
 ゾロはため息をひとつついて言った。
「そんなこと言ったら、誰だってそうだろ。二年といったら子供ができていたっておかしくねえ時間だ。お前だって、」
「俺に何もあるわけねえだろ! ひたすら地獄だった」
「わかるもんか。オカマっていったって人間だろ。本当は気のいい奴らだってお前も言っていたじゃねえか」
「けど……!」
「わかってるくせに。過ぎ去った二年を振り返るのはやめろ。この船に集まったみんな、それぞれ何かを成し遂げてきたんだ。それでいいじゃねえか」
「お前はそれでいいのかよ」
「ま、お前があのカマバッカで本当のカマになってたらと思うとそりゃ心中穏やかじゃねえけどな」
「そうじゃなくてだな」
「わーってる、わーってる」
 ゾロはサンジの渦を巻いた眉の中心にそっと唇を寄せた。
「本当のところは今さっき確かめるまで焦ってたさ」
「なんだよそれ」
「ま、なんだっていいだろ」
「誤魔化すな」
 サンジが睨み付けるのを、ゾロは口を開けて笑った。今度はサンジが手を伸ばしてゾロの顔に触れる。
「なあ、やっぱりこれ、開かないの」
 再会したときから一度もまだ開いているところを見たことがない、ゾロの左眼。額から頬へ一直線に届く傷は目蓋を縦に割っている。
 誰も正面切ってゾロに聞いてはいなかった。あのルフィすら。
 剣士が片目を失うというのは、かなりの損失だろう。遠近感は大丈夫なのか、視野の狭さはハンデにならないか。
 船の上で生活する分にはそれほど問題ないだろう。しかし大剣豪を目指すにはどうなのか。
 サンジはゾロが開け拡げに笑ったのでようやく聞くことができた。しかし言ってしまってから、やはり答えを聞きたくない自分に気づき、うろうろと視線を彷徨わせる。
「や、あの……」
「あー……これか。まあ気にすんな」
「ごめん」
「いや、お前なら言ってもいいか。実は、時期が来るまで開けるな、とミホークに厳命されてる」
「え?」
「だから、言ったとおりだ」
「じゃあ、失明したわけじゃねえんだ?」
「まあ、そういうことだな」
「……よかった……」
 サンジはゾロの顔を掴んだまま顔を伏せた。と、がばりと顔をあげてゾロの頭を掻き抱く。
「おわっ!?」
 ゾロが素っ頓狂な声を上げるのも構わず、サンジはぎゅうとそのまま抱き込んで、髪の毛をわしわしとした。
「……ったくよぉ」
「心配かけさせやがって。方向音痴は相変わらずだし、肝心なことを言うのもすぐに忘れやがるし」
「はは、悪りい」
 サンジの腕の輪からようやく抜けてぷはと呼吸をしながらまた笑う。コイツよく笑うようになったな、とサンジは内心で思った。二年前とは違うところだ。
(そして少しだけ素直になった)
 なんとなく余裕があるように見えて少し口惜しい。そう思っていたらゾロがちょうど目の前にあるサンジの鎖骨に歯を立てた。
「……ッッ!」
 すぐにぺろりとやられて身をすくめる。ちくしょう、そこは俺の弱いところだって覚えていやがったか。
 サンジはまだ抱え込んでいたゾロの頭を再度両脇から掴み、がっちりとホールドして、ゾロの左眼の上の傷に舌を這わせた。
「!」
 そのままアイホールをくぼみに合わせて舐める。ゾロがぴくりと肩を緊張させた。
「どうした。開けてみるか?」
 意地悪くサンジが言う。ゾロはさらにきゅっと眼を閉じ、次にぱっと下から腕を入れてサンジの拘束を解いた。
 あれ、とサンジが思う間もなく、くるりと体を入れ替えて、サンジを見下ろす形になる。それでもサンジはふてぶてしい笑みを崩さない。やるならやってみろと視線が誘っている。
 ゾロはサンジを見ながらこれもまた二年の年月に感じ入っていた。焦らないし動じない。元々気まぐれで謎な部分が多かったサンジだが、二年の間に手綱がついた感じだ。
「本当に開けていいんだな?」
「できるものならな?」
「本気だすぞ?」
「望むところだ」
 二人とも同時ににやりと笑った。夜はまだ深い。そして二人は互いの二年間をもっと知るためにさらなる努力を始めたのだった。


End.

 

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後書き:

2010/11/3イルガイズ3の直前、サニー号の新たな船出に燃えに萌えていきなり思い立って書き上げました。いやーペーパーラリーには参加できないなあ・・・とか思っていましたが、萌えっておそろしい。普段の3倍の速さでした。正直トランザムってた。

ゾロの隻眼は本当はどうなんでしょうねえ。こうだったらいいな、って完全願望でこうしたのですが、尾田っちのことだし、何の理由も書かないってことはないと信じてます。もうあれもひとつの伏線なんだよ! きっと何か凄い技の!

開けたときの眼がミホーク仕様になってて、光彩が二重だったらいいな、と思います。きっと金色に光るんだ。そんでそんな眼に見つめられちゃうサンジは・・・(悶)

ゾロ誕につきアップ。11月中はダウンロードフリーということでご自由にお持ち帰り下さい。

(2010/11/11)