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竜の血脈(4)




 翌朝、明るくなるとすぐにサンジはラティエスと抜け出して、昨日ゾロが最後に居たとされるあたりへ飛んだ。その場所を中心として、広い範囲を思念で呼びかけつつ飛び回った。黄金竜の力強い翼で超低空飛行をしながら地面を舐めるように見つめ、ゾロかバシリスらしき姿が少しでも見えないかと探しまくった。
 半日を費やして、糸が降った範囲から一回り広い範囲を飛び回り、それでも彼らの行方がわからず、サンジの焦りはさらに増した。
(ゾロ、あのバカ野郎、一体どこに居やがるんだ)
 あまりに長時間飛び続け、さすがにラティエスも控えめに疲れを訴えたので一旦大厳洞へ戻ると、ロビンとベン、そしてマキノを筆頭にわらわらと十名あまりの人間が飛んできてまだラティエスから降りていないままのサンジを取り囲んだ。
「サンジ! 一体どこへ行っていたの!」「洞母様! 黙ってどこかへ行くんなら、一言言い置いてって下さい」
「あなたもゾロも姿が見えないから、随分心配してしまったわ。で、ゾロは? あの子もすぐ来るのでしょう?」
 鉢ノ広場の上空をあちこち見上げるマキノに、サンジは何と言ったらいいか言葉が見つからず狼狽えた。
「実は…」
 ゾロの行方が昨日からわからないんだ、と続けようとしたとき、
「待て、サンジ」と声が掛かった。
 声の方を振り返ってみると、シャンクスがシャツだけの軽装でこちらへやってくるところだった。シャツの片袖は中身が詰まっていないのでひらひらと頼りなげに揺れている。シャンクスはある糸降りの時、逃げ遅れた男の子を助けようとして片腕を一本糸胞に焼かれ失っていたのだ。しかしその後シャンクスは驚異的な回復を見せ、片腕一本というハンデをものともせずに大厳洞ノ統領の地位を維持し務め上げてきた。その実績からくる威厳はいまだ健在で、一言でその場を支配する。
 統領の地位をゾロに譲ってからは意識して表面に立たないように気をつけているが、長年染みついたリーダーの習性は時折ふと意識せずとも顔を見せていた。
「こっちへ。場所を移して話そう」

「で、何があった?」
 サンジとゾロの岩室に、シャンクス、ロビン、ベン、そしてマキノという主要な面々が揃った。サンジは彼らの顔を見渡し、言い訳のしようがないことを理解して、こくりと喉を一つ鳴らし口を開いた。
「実は──」
 そして昨日の糸降り後からゾロが行方不明なこと、ラティエスも自分も、ゾロとバシリスを感じとれないこと、今日は朝から自分たちで捜索していたことを話した。
「サンジとラティエスでも、彼らを感じられないって──?」
 こく、と力なくサンジは頷く。隠していてもしょうがない。統領の不在など隠し通せるものではないし、大厳洞を支える屋台骨の彼らにそんなことをしても何の意味もないからだ。
「とすると、考えられる可能性は、サンジとラティエスの感知できる範囲外に居るか、もしくは──」
 皆、その先を予測して押し黙った。
「間隙に入って出られない…なんてことは…」これはマキノ。
「可能性としてはなくはない、が。もしも死んでしまったとしたら竜たちが教えてくれる筈だ。それ以外としては…」
 シャンクスがちらりとサンジを見た。
「とても遠くに居て、サンジもラティエスもそこまでは思念が聞き取れないのかもしれない」
 サンジは、時ノ間隙の向こうというニュアンスをシャンクスがその言葉の中に込めたことを感じ取った。ではシャンクスもその可能性は考えているわけだ。当然といえば当然だが、事態はさらにややこしい。何しろ、ゾロがどの「時」にいるのか全くこちらは知るすべがないのだから。
 「距離」の遠さならば、大丈夫そのうち戻ってくるはずだ。しかし今回はその可能性はないだろうとサンジは思っていた。なぜなら、その必然性が全くないからだ。糸降りが終了し、あとは戻るだけという時に、どんな理由があって大厳洞からそれだけ遠くまで行く用事があるのだろう。
 もちろん、ゾロが時ノ間隙飛翔をする理由も考えつかない。ただサンジは直感的にゾロが居るとしたら別の場所ではなく、別の時だろうと思っていた。
「待つしかねえ、か」
「しかしそれでは大厳洞の皆が納得しないだろう」
「他の大厳洞には知らせるの?」
「統領が行方不明と明かすのか? いくら何でもそれは──」
「二、三日のうちにひょっこり戻るかもしれない。だから少しの間は黙っているのが得策ではないでしょうか?」
「とりあえず、俺がほうぼうを回ってみる。もっと広範囲を巡ってゾロかバシリスの思念を掴まえられたら…」
「何言ってるんだ。この場合手分けするのがスジってものだろう。忘れたのか。竜同士は制限なく会話できるんだぞ。誰かの竜がバシリスを見つけさえすればいいんだ」
「あ…」
 サンジは自分が思いの他動揺していたことに気づかされて狼狽えた。
「何でも自分ひとりで背負いこまないことよ、サンジ」
 マキノとロビンが両側から言い含める。サンジは一言も言い返せず肩を落とした。
「じゃあ、俺はイスタ、ベンはフォート、ロビンはベンデン、サンジはイゲンの方面を担当。他の大厳洞の騎士に会ったら、さりげなく様子をさぐってみてくれ。マキノはここに残ってもし万が一ゾロが戻ってきたとき知らせてくれ。伝令役の竜騎士を残していくから」
「わかった」「了解」「わかったわ」
「よし、それじゃ行こうか」
 シャンクスの号令にサンジはほっと息をついた。やはり統領として長年の経験がある分実に頼りになる。本来ならばサンジが単独で飛び出す以前にこの面子には相談しておくべきであったのだ。
 しかし、一時軽くはなったものの、言いようのない不安はサンジから消えず、皆が押し黙って戻ってきたときに更に重くなってきた。
 そのままさらに一日が過ぎ、統領の不在がどうにも隠しようがなくなってから、サンジは新たな決断を迫られる。
「他の大厳洞に協力を要請しよう」
 もうこうなっては少しでも捜索の目が多いほうがいい。もしかしてゾロとバシリスが大怪我をして意識がないままであれば、行方が判らなくなってからもう三日目であるから、この判断は遅すぎたのかもしれない。それでも何か可能性の欠片でも掴むことができれば、と祈るような気持ちでサンジは決断した。
 ゾロは大厳洞ノ統領だ。もちろんゾロ個人の安否はサンジにとって第一に心配でたまらないことであるが、それ以上にハイリーチェス大厳洞全体が統領を必要としているのだ。数日や数ヶ月とはっきり期限が区切られた不在であるならまだしも、行方がわからないというのは一番問題だった。
 そうして更にサンジの不安を濃いものにしたのは、他ならぬラティエスの存在だった──。

「ラティエス」
(ナアニ?)
「どう、体調は?」
(フフ、オカシナさんじ。上々ヨ? イツダッテ私ハ上々)
「そうだね。ここのところますます皮膚は光り輝いているし、食欲も充分だし」
(エエ、ソウヨ。ナンダカトッテモイイ気分! 空ヲドコマデモ駆ケテイキタイワ! 今ナラドコヘダッテ行ケソウ。アノ赤ノ星マデダッテ飛ンデイケソウヨ!)
「うん、お嬢さん。君はとても素敵だ。俺の女王様。誇り高く美しく、誰よりも強く速く飛べる…」
(ソウヨ! さんじダケジャナク、ミンナニ見テモライタイワネ!)
「うん、俺はとても君を誇りに思うよ…。じゃあおやすみ。よい夢をね」
(さんじモネ。大丈夫、キットぞろハスグニ帰ッテクルワ)
「そうだね。きっとそうだ」
 サンジは出来る限り柔らかい笑みを作ってラティエスに微笑みかけた。そして内心の不安を押し込めてラティエスに背を向け歩み去った。
(間違いない)
 サンジの無理に微笑んだままの表情が強張った。
 あと数日のうちにラティエスは、交合飛翔に飛び立つ──

 

  

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