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竜の血脈(13)




 ある日、少し遠出をした時のことであった。
「狩り競争をしようぜ」
 その朝、ゾロの発声がかなりよくなってきたことにうきうきしてサンジが提案した。何かしないではいられない気分だった。
 朗々と響く低い声。それがゾロに戻ってきた。
 サンジはゾロの声が好きだった。滅多に聞くことはなかったが、宵の宴で興がのった時、皆が声を張り上げる合唱にこっそり紛れ込んでゾロが歌うときは隣でそっと聞き入っていたのである。自信がないのかゾロが率先して自ら歌うことはなかったが、サンジはゾロの声だけ聞き分けて、自分ひとりで鑑賞して楽しんでいたのだった。
 ゾロの声が出ないと知ったとき、実生活上の問題はもちろん一番に危惧したが、あの深みがあって張りのある声が失われたことに気づいてサンジはそっと哀しんだ。
「なあ、いいだろ? 決められた時間内でラティエスとバシリスにさ、野生の獣をどれだけ仕留められるかって。オレらも当然彼らに思念で応援するんだ」
「ふ…ん、まあ、いいぜ。面白そうだ」
 そして二頭と二人の狩り競争が始まった。ラティエスもバシリスも、ぐるぐると旋回して獲物がいそうなところに目星をつける。それからわざと大きな羽音を立てて目あての繁みに突進すると、隠れていた野生のフェリやら山羊やらが焦って飛び出してくる。それを素早くまた舞い上がってさっと飛びかかり、鋭いかぎ爪で一撃、見事に仕留める。
 そういうことを何度も繰り返すと、意識を彼らに同調させていたゾロとサンジも獲物を追いつめる興奮と、肉を裂く感触と、立ちのぼる血臭と、そこからわき上がる飢餓感、そういったもの全てを味わい酔っていた。そしてたまたまバシリスとラティエスが同じ獣を追いかけてしまったとき、一気にその興奮状態がピークを迎えたのである。
(オレ/ワタシノ獲物ダ。先ニ仕留メルゾ)
(何言ッテル。オレ達ガ先ニ目ヲ着ケタンダ)
 二人/二頭とも譲らず、異常に接近して空中を飛びながら尾が絡まった。
(ア)(アア)
 そのまま失速して墜ちる感覚。これは以前にも味わった。絡まって落ちて、そうして──。
 過去の記憶と感覚とがフラッシュバックし、竜たちと感覚同調をしていたゾロとサンジに互いの思念が流れ込む。
「あああ──ああ──!」
 真っ白な閃光が頭の中にスパークし、二人とも瞬間意識を飛ばした。我に返ってみたとき、二人ともぜえぜえと息を喘がせ、心臓を波打たせていた。
「バシリスとラティエスは──」
 口に出して言ってみて、感覚同調が切れていることが知れた。思念をそっと伸ばしてみると、今は二頭とも離れていて、運良く彼らの爪から逃れた獣はまたどこかの藪の中に逃げ込んだようである。
(アア、モウチョットダッタノニ)
 いかにも残念でならない、という口ぶりでラティエスが拗ねていた。どうも竜は先ほどの接触も単なる事故程度のものとしか感じていないらしい。
 サンジはゾロと顔を見合わせた。そしてそこに自分と同じ感情が表れているのを見てとって、何も言わずに手を伸ばした。伸ばした先にゾロの顔があり、頬に触れると指が濡れた。慌てて自分の顔にも手をやると、そこも濡れていて、同じ思いを感じていることを知る。
「ゾロ…」
 突然、はっと思いついてサンジはゾロの身体に手を這わせた。そして下腹部に確かな手応えを感じて更に涙を溢れさせた。
「お前、勃ってるじゃねえか…」
 事故以来、ゾロの男性機能もそのまま失われたと思われていた。清拭(せいしき)をするとき、排泄の介助をするとき、サンジは直接口に出しはしないものの、一回もそこがサンジが触れることで反応をしないので半分諦めかけていたのだった。
「はは…当然だろ…さすがに「あの感覚」をなぞっちまったらなァ…お前だって…」
 ゾロが言う。興奮か羞恥かそのどちらともか解らないが、目尻と首筋がほんのり紅潮している。
「よかった…よかったなぁ…俺ぁこればかりはどうしようもねえかと思ってたけど」
「でも、だからってこれ以上はどうにも出来ねえけどな、はは」
 ゾロの左腕と両足はまだ動かないのだ。確かに普通に考えればゾロの言うとおりだった。
 しかしサンジはそんなゾロの言葉は聞いていなかった。
「ヤろう」
「え?」
「気にすんな。テメェは何もしなくていい。ただ俺を感じていろ」
 立ち上がって上着を脱ぎ捨てる。
「お前、一体何を…?」
「うるさい」
 かがんでゾロの口に強引にキスを仕掛ける。そのまま舌を奥深くまで差し込み、引っ込んでいたゾロの舌に絡ませ、吸い上げる。唾液が絡み、つつっとゾロの顎を伝って落ちた。
 サンジはゆっくりとゾロの上着を脱がせ、肌着もはだけさせると、少し筋肉の落ちた胸に舌を這わせる。
 首筋、鎖骨、五巡年前に負った大きな傷跡と丁寧に舐めあげると、ゾロの二つの尖った部分にも順番に舌を絡めた。
「んんっ」
 ゾロは思わずうめき声をあげる。サンジは内心でそっと笑んだ。ちゃんと感覚はあるし、感じている。
 ゆっくりと後頭部と背中に手をあてがい、座った状態から仰向けに姿勢を変えさせた。ゾロの目からはサンジの背後にどこまでも青い空しか見えないことになる。
「お前、も」
 明らかに興奮で潤み始めた目でゾロはサンジを見つめてそれだけ言った。サンジは黙って服を脱ぎ始め、思い切りよく全てを脱ぎ去った。それからゾロのベルトを緩め、腰を支えてズボンを取り去る。
 ゾロは毎日サンジの介助で着替えをする際と同じことをされているのに、何故か今は恥ずかしくてたまらない気持ちになり、首を背けて顔を隠そうと試みた。それを見てますますサンジはほほ笑む。
「ゾロ、お前ったら可愛すぎ。けど今は──」
 思わずゾロは次に来た感触に喉の奥でうっとうめいた。サンジがゾロの中心をぱくりと銜えたのである。
 一旦口から外してゾロの顔を見ると、ゾロは必死に首を起こしてサンジの行動を見ようとしていた。
「うん、そりゃ見たいよな」
 サンジはゾロの膝掛けをたぐり寄せて軽くまるめるとゾロの頭の下に押し込んだ。それからちらちら、とゾロの顔を見やりながら舌を出して見せつけるようにしながらべろーんとゾロ自身を舐め上げる。
 それからちろちろと尖らせた舌で先端を舐め、また全体を銜えて頬と唇全部を使ってしごき上げた。それをしながらサンジは片手で食料を詰めた籠に手を伸ばし、中から食用オイルの瓶を探りとると、そっと中味を手に垂らして自分の後孔へと持っていった。次第にくちゅくちゅという音が口でたてているのとは違う場所でも上がり始める。
「俺にも触らせろ」
 ゾロが右腕を伸ばしてサンジの髪に触れた。サンジは先端だけを口に含んだ状態でゾロと視線を合わせるとにい、と笑った。
 なんつーエロさだ、とゾロは呆れて思った。サンジの顔も紅潮して目も潤み、その薄い唇の中に自分自身の赤黒いモノが突っ込まれている。どちらかというと性には淡泊なゾロは見ているだけで息が止まるような光景だった。サンジとは何度も身体を重ねる関係ではあるが、こうまで積極的な姿を見るのは非常に珍しい上に、何も遮るもののない場所で真っ昼間太陽が降り注いでいる時間はさすがに初めてだった。どこもかしこもくっきりとした輪郭を描き、色彩もぼけることがない。何もかもがあからさますぎた。
 サンジはゾロの右腕を左手でそっととると、その指先に軽く口づけた。
「もう少し待って、な」
 そしてまたゾロの中心を銜えてひたすら刺激を与える。ゾロはもうたまらなかった。久しぶりの興奮に久しぶりの感触、視覚からの刺激、直接の刺激、どれも真っ直ぐゾロをぐいぐいと押し上げてゆく。
 ああもうこれ以上はまずい、と思ったときふいにゾロは刺激から放り出された。しかしサンジの指はまだしっかりゾロの根本を押さえていて、解放されるまでに至らない。
 次にすいと自分の上に影が差すのに気づいた。
 サンジがゾロの腹の上に跨(またが)ってきたのだ。ゾロは下から見上げる格好になり、ちょうどサンジの顔が影になっていたが、まだ日が高い時間で影になっていても表情はしっかり見える。
 と、サンジの指で支えられているゾロの先端がぬめる部分に触れた。そのまま少し潜りこんだところでまた外気に触れる。
 サンジの顔を見ると、目を閉じてきゅっと眉根を寄せている。
 はあ、ふう、と大きく息をするのが見てとれ、胸郭もそれに合わせて上下する。そのリズムに合わせてもう一度ゾロの先端がぬめるサンジの後孔にぐいと押しつけられ、そのまま今度はそこに潜りこんだ。
「ふううーーーっっ」
 サンジの身体が強張るのがわかる。ゾロ自身、入った部分がものすごい締め付けにあって息が詰まりそうだった。
 そっと右腕を伸ばしてサンジの脇腹をさすってやると、サンジはうっすらと目を開けて、へへっと笑った。
「わり、俺も久しぶり」
 そしてまたゆっくりと息をする。吸って、吐いて、吸って、吐いて。ゾロはそのリズムに合わせて大きくゆったりとサンジの上半身をなで上げた。徐々にサンジの身体の強張りが解け、じりじりという感じでサンジが腰を落としてくる。それと共にゾロ自身も全体がみっちりと熱い肉に包まれてゆく。
 とうとう、ゾロの下腹にサンジの尻たぶが触れた。視線をその部分に投げるともう自分の中心はすっかり隠れて見えない。
「おい、無理すんな」
 ゾロが言いかけた言葉は途中でサンジの口中に消えた。サンジはそっと身体を倒してゾロの口を何度もついばむようにキスを仕掛けてきた。
「お前は黙ってろって」
 サンジのキスはだんだん深くなり、舌が官能を引き出してくる。ゾロがサンジのソレを追いかけるのに夢中になりかけたころ、下半身の中心に痺れが走るほどの快感が走った。
 サンジはゾロと舌を絡めながら、腰を引き上げ、ゾロの中心を半分ほどぐいと引き出したのだ。それからまた逆にずるるっと中に戻る感触。ゾロは目を白黒させて耐えた。
「うう…」
 思わずうめき声が漏れる。サンジはまたしても腰を大きくグラインドさせる。
 ずるーっ、ずるーっと肉と摩擦する感触がもの凄く気持ちいい。ゾロは目を閉じてその快感を味わった。
 するとぽたり、とゾロの胸の上に何か落ちてきた。目を開けると頭上にサンジの顔があり、こちらも目を閉じて快感をやり過ごしている。そうしながら下半身は大きく波打たせている。
 ゾロの視線を感じてサンジが目を開けた。にやり、と笑う。
「どうだ? 気持ちいいか?」
 笑いながら、それでも声音にはゾロをそっと気遣う心配が混じっていた。
「ああ、すげえ、いい」
 ゾロはそのまま、真っ直ぐな言葉を返した。これ以上、何を言うことがあるのか。
「なら、いいな。動くぞ」
 サンジは言ってゾロの胸の上に手を置いて身体を起こした。今だって充分動いてるだろ。これ以上? ゾロはサンジをただ見つめているしかできないが、サンジが言うならついていくだけだ。
 サンジはほぼ垂直に身体を起こすと、膝のバネを使って今までとは比べものにならないほど激しく腰を振り出した。
「う、あ、あ、あ、あ、」
 だめだ、持って行かれる。ゾロは歯を食いしばってやり過ごそうとした。しかし刺激は強烈過ぎた。何しろサンジの嬌態が視覚にガツンとくる。振り乱している金髪から汗が飛び散って陽の光にきらきらと光り、うねる上半身は汗に濡れ、うっすらと赤く上気している。綺麗についた筋肉が呼吸とともに躍動し、苦しげな呼吸すら蠱惑的に響いてゾロを煽るのだ。
 そしてサンジ自身の性器もぴんと反り返り、腰のうねりに合わせて激しく揺れていた。
 ゾロは右腕でもって動かない左手を掴み、サンジの腰に当てた。サンジが細く目を開け、うっすらと笑んで自分の右手をゾロの左手に添える。ゾロは動く方の右腕を伸ばすと自分の腹の上で孤独に揺れているサンジの性器を手にとり、すぐさま扱き始めた。
「くうっ」
 サンジの声がせっぱ詰まってくる。ゾロ自身ももう限界だった。
 最初にサンジが爆ぜた。ゾロの手の中にどくどくとあふれてゆくと同時にゾロの性器がものすごい蠕動で締め付けられ、ほとんど同時にゾロも達した。
 サンジがぱったりとゾロの上に覆い被さって、しばらくぜえはあと忙しない呼吸の音と、どっどっどっどっと皮膚を通して聞こえる互いの心臓の音だけが二人の世界を支配していた。
 しばらくしてようやく呼吸も心臓も落ち着いてから、サンジはゆっくりと身体を起こし、ゾロから離れた。その中途半端な姿勢のまま、黙って視線を絡ませるとまたゆっくりとキスをする。今度は官能を高めるようなそれではなくて、逆になだめるような落ち着いたキスだった。
 最後にちゅっと音をたてて唇が離れると、またじっと見つめ合う。ゾロの目には強い光が宿っていた。
「一巡年だ、一巡年待ってくれ。そうしたら、俺は必ず復活してみせる」
 サンジもまた、真剣な顔で応えた。
「わかった。待っててやるよ。俺サマは心が広いからな」
 そう言うと、途端ぱあっと弾けるように明るい笑顔を見せた。ようやくゾロが前向きに復帰を口にしたのだ。彼が「必ず」と言ったからにはそれこそ必ず復帰するはずだ。今まで約束を違えたことはないのだから。
 大丈夫。俺は待てる。そしていつかきっとまた以前と同じように二人で空の高みへ駈けあがるのだ。
 青空の下、あられもない姿で横たわりながら、二人は久しぶりの幸福感に包まれていた。

 

  

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