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スイッチ・ゲーム(3)

 



『そういや、こういう長い剣を使うヤツに獲物を横取りされねえように気をつけろよ』
 サンジーンが言っていたことが思い出された。『まさか』と鼻で笑っていたことを同時に思い出す。
『まあ、杞憂だろう。こんなターゲットをあいつが請け負うはずはねえ』
『なんだよ、同じ標的を奪い合うことがあるのか』
『これが意外とある。恨みをもたれているヤツは多くの人間の恨みをかっている。つまり殺意は複数あることが多い。ま、それが報いってモンだけどな』
『もしかち合ったらどうすれば?』
『もし、はねえよ。合うはずがない。ヤツが狙うのはもっと大物で、常にボディーガードを二、三人貼り付かせてるようなのだ。ボディーガードの堅い守りをこじ開けて、まあつまりボディーガードごとターゲットを始末するようなのを好む』
『力試ししてえんだろうな。ガキか』
 サンジーンはうっすらと笑ってその問いには答えなかった。

(まじかよ)
 サンジーノは驚くというより呆れてスコープを覗き続けた。
(絶対かち合ったりしない、って、実際かち合ってンじゃねえか)
 せっかくこれからいいところだったのに、ときりりと歯を食いしばった。サンジーンがお膳立てをして、サンジーノが美味しくいただくところを、横からかっさらいやがったのだ、あの無礼者は。
「あんのヤロウ……」
 かっと頭に血が昇って、思わず言葉が口に出た。なぜなら男はこちらを見てにやりと笑ったのだ。
 この暗さでまたこの距離だ。絶対にこっちが見えているはずがないのに、自分がここから狙っていることを確信していた。そしてその上で敢えてターゲットを斬った。
「バカにしやがって」
 ライフルを素早くケースにしまい、サンジーノはその場を駆け去った。

(ここらあたりだ)
 ターゲットの家から裏通りへ抜けて、人通りがない路地を見渡す。逃走経路はおそらくここしかない。果たして、珍しい剣を携えた男が特に隠れようともせず悠然と歩いてきた。
 サンジーノは周囲に人がいないのを確認すると、一瞬で男との距離を詰めて背後をとった。
 男はサンジーノの気配を感じて、歩みをとめた。その背に向かってサンジーノは声を掛けた。
「お前、何のつもりだ」
 サンジーノはわざと気配を殺さずにいた。怒りをそのまま低い声に乗せて男を威嚇したのだが、男は軽く肩をすくめただけで驚く様子もみせなかった。そのまま振り返ることなく言う。
「ああ? てめえがのろいのが悪いんだろうが」
「わざとやっただろう」
「なら、どうだってんだ? お前だってこの間俺の獲物を横取りしやがっただろう。忘れたとは言わせねえ。あんときお前俺になんつった? 『お前がのろくさいのがいけねえ』って。『早いモン勝ちだ』ってな。おんなじだろ?」
 サンジーノの肩が強張った。ジーンの奴、こんなクソヤロウと何張り合ってるんだ。
 サンジーノの沈黙を何ととったのか、その男はゆっくりと振り向いた。
 サンジーノはそのとき、男が左眼を閉じていることに気づいた。額から頬にかけて、目蓋の上を真っ直ぐに傷が走っている。その大きな違いにもかかわらず、サンジーノは軽いデジャ・ビュにくらりとした。
(ドン・ゾロシア……?)
 その男は自分の知っている別の男を彷彿とさせた。
 
 似ている。
 この人をくったような傲岸不遜な態度、自分が絶対だという自信にあふれた言葉使い、どれをとっても今遠い街にいるドン・ゾロシアによく似ていた。
(しかし、別人だ)
 気配まで似てはいるが、微妙な箇所で異なっている。その差異を探しているうちに、目の前の男がすい、と距離を詰めた。
 あ、と思う間もなく男はサンジーノの目の前まで来ていた。

『で、何ていうんだ、そのガキっぽいライバルは』
『ナカムラ・ハンゾロウ。日本刀の使い手でな、認めたくないが腕はたつ。噂では拳銃の弾丸ですらはじき返すとか言われてる』
『ガセだな。剣で弾を?』
『そう。剣で弾を。ま、遭うことはねえよ』

 遭うはずのない人間と正面から向き合っているという事態はそれほどサンジーノを困惑させるものではなかったが、その男が自分の知己に似ているということがほんの僅かの躊躇を生んだ。
 言葉を選んでようやく口に出す。
「俺の獲物を横取りして、お前に何の得がある。依頼人はいねえだろ」
「はん、依頼人なんか作るまでだ。ま、お前の依頼人に掛け合うか。サンジーンなどあてにならないから、今度からは俺を使えってな」
「んだとっ!」
 サンジーンの仕事を奪われた上、評判まで落とすわけにはいかない。まして、ジーンが敵視しているような奴に。
 かっとしてじり、と一歩前に進む。僅かに体重を利き足に乗せた。この距離なら先制して一撃で奴の延髄に蹴りをお見舞いできる。
 サンジーノの目が怒りで灰色に変わった。ハンゾロウは面白がるような顔をしていたが、ふと眉を寄せ、片方しかない目を細めてサンジーノを見た。
「まてよ……お前、もしかして」
「んだよ」
「はあーん?」
「んだってんだ」
「ちょいと試させてもらうぜ? あんちゃん」
 ハンゾロウは声と同時に刀を抜いた。
 サンジーノは足に意識が向いていた分一瞬遅れた。懐から抜いた拳銃を刀でがっきと抑えられる。
「お前、サンジーンじゃねえな。アイツなら躊躇わねえでぶっぱなしてる……それに」
 にやりと笑って顔を近づける。
「目の色がほんの少し違うな。あと、ヤツはよく、ここを」
 手がサンジーノの股間に伸びた。
「こういう時よくおっ勃ててる」
「なっ……!」
 そのときハンゾロウはサンジーノの開いた口に噛みつくように重ねてきた。
「ははっ。舌の味も違うな!」
 サンジーノは目を白黒させた。違う。ジーンから聞いた話にはこんなことはなかった。こんな奴とジーンが出来ているなどと?
 サンジーノの躊躇いは今度こそ一瞬だった。
「ってえ!」
 ハンゾロウは口中にあふれる鉄の味に顔をしかめながら後方へ飛び退いた。
「何しやがる!」
「それはこっちのセリフだっての! 舌だけで済んで助かったと思え!」
 サンジーンとコイツが実際はどういう関係なのかは解らないし、知りたいと思わない。が、これ以上接近を許すのは危険だとサンジーノの本能が告げていた。
「おい! 待てよこのグル眉!」
 サンジーノは既に横道へと逸れていたが、ハンゾロウが使った言葉にカチンとして思わず振り返った。
(信じらんねえ。ゾロシアと使う言葉まで同じかよ!)
「待つか、このアホ緑藻!」
 しゃくに障ったので、これもゾロシアをからかうのと同じ単語を投げつけた。
 ──相手がどう反応したかは、知らない。



 

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