こちらのプルダウンボックスで読みやすいスタイルをお選び下さい。






パラキシャル フォーカス(20)




 ■発覚



「なぁんですってぇーーーっっ?!」
 サンジがどこにもいない、あまつさえ、艀が岸に繋留されたままだ、という事実が知れてその結果導き出される結論に一番驚き、憤ったのはナミだった。
 なんとなく、前夜ラウンジでの話し合いを無理矢理ルフィが納得させた形だったのが面白くなくて、ナミはもう一度サンジを説き伏せるつもりで朝から鼻息荒くラウンジへと向かったのである。
 だのに、サンジ自身がいないのでは、もうどうしようもないではないか。まさかルフィがOKを出したその一晩のうちに行動を起こすとは、さすがに誰も思い至らなかった。
「まあ、コックさんも航海士さんに再度説得されたら気持が揺らぐと思って、早々と手を打ったのね」
 ロビンが淡々とした声でそう感想を告げた。昨晩だって剣士さんの制止がなければほとんど落ちかけていたし、と内心で付け加える。

 皆、サンジのいきなりの出奔に驚いたが、同時に実際問題として食事をどうするか、ということに議論が移っていった。まあサンジだし。ルフィとナミを襲った連中の様子を見ても、そんなにかからずカタをつけて戻ってくんだろ、と昨晩と違って朝日の中ではみな楽観的だ。というより希望を込めてそう思おうとしていた。ナミだけはひとり憮然とした表情を保ったまま、時折「私のお宝が」とブツブツつぶやいていたが。

 食事はとりあえず当番制ということになったが、すでに「メシィ〜〜〜」と唸りながらテーブルにぐったりと伸びているルフィに更に問題を突きつけたのもナミだった。

「ねぇ、ちょっと待って。なんだかわからない謎の敵さんは、ルフィをサンジくんだと思って狙っているのよね。誘拐目的で。だからどこへ行ったかわからないサンジくんが自由に動くためにも、ルフィはできるだけ船から動かず奴らを惹き付けておいた方がいい、ってことは今でも変わらないわけよ」
「だが、そうなったら最終的には船を襲われないか?」これはウソップ。
「オレは何でもイイぞ。面倒臭いのはヤだ。向こうから来てくれるんならそれが一番面倒がなくていいんじゃねぇか?全部やっつけちまえばそれでいいんだろ?」
「だからアンタはもう少しそのお猿並みの脳ミソをナントカしなさい──船を襲ってくるのは最後の手段でしょうね。だってルフィの能力を肌で知ってしまっているから、正面切ってはこないと思うの。何らかの対策をしてくるでしょ。多分、今は向こうさんも情報集めをしていて、ルフィが賞金首だってこともバレているころじゃないかしら」
「待てよ。もしルフィが一億ベリーのモンキー・D・ルフィだって知ったとしたら、それはイコールルフィが奴さん達の狙う『片目の男』じゃないってわかるってこったろ。だって手配書にはちゃんと両目あったろーが」
「そうだったっけ?」「そうだよ!」と皆記憶をたぐり寄せてみる。「笑ってたろありゃ」「それも全開でな」「そうそう」「フツーあんな写真の手配書はねぇよな」「オレ今度この写真使えって送ってみようかなー」としばし海軍に対し言いたい放題の声で沸き立つ。

「少なくとも!」
 ビシっとウソップは指を立てて関係ない方向へ向かう議論を軌道修正させる。
「そんな目立つ特徴があったら、補足情報として手配書に入ってるはずだ」
 確かに。一様にみな頷く。
「だとしたら」
 ロビンが後を引き取って静かに言葉を紡ぐ。
「コックさんが急いで船を出たのは懸命な対応だった、ってわけね。船長さんがその人物でないとわかるタイムリミットまでどれくらいだか判らないけど、おそらくそうはかからないでしょう。そして一旦それが知れたら、私たちの誰が該当する人物か最初から割り出さなくてはならない。その段階で初めてコックさんの身柄が危なくなるわ」
「注目される前にカタをつける気なんだな」
凄いな、サンジは、とチョッパーが感心しきって言う。
「いっそのこと、オレ達全員眼帯すっか?」おそろいだ、とルフィが笑う。
「バカね。今さら遅すぎるわ。それに、イキナリ全員がそんなことしてみなさい。私たちが彼らの目的を知ってるってことがバレるじゃないの。そうなったら競争相手を蹴落とすために何をしてくるかわからない……」
 ナミは話しながら頭の中でめまぐるしく考えをまとめていた。そしてある結論に至ってハッとする。
「そうよ、どうせそのうちにルフィは違うってことはバレる。そしてサンジくんが彼らの目的への鍵を握る人物ってことも知れる。そうなった場合、私達がサンジくんの価値を知っているならばサンジくんを絶対手放すわけないわ。逆にサンジくんを一人で出て行かせても平然としていられるってことは、私達がサンジくんの価値も、彼らの目的も知らないってことの証明なわけよ」
 わかる?と一同を見渡して。
「サンジくんが船を降りたことで逆に私たちは安全になるんだわ」


 なんだか癪だ。
 あのクソコックは自分の身と引き換えに船の他の全員の安全を確保したらしい。
 ゾロは黙ってナミの解説を聞いていたがだんだん胃のあたりがむかむかイヤな気分になるのが押さえられなくなってきた。そういえばハラマキに押し込められていたモノもそのあたりにちょうどあたるのだった。思い出したらその存在がだんだん大きく感じられて、むかむかもそれにつれて耐え難くなってきた。

「で、で、でも、いずれにしろサンジが戻ってくるまで、ここを離れるわけにはいかないだろ。ログが溜まるのにはあとどれくらいかかるんだ、ナミ?」
「次の島へのログは一週間なのだけど。だからあと四日で出航できることはできるけど──」
 ルフィがナミの言葉を途中で遮った。
「サンジが戻るまでこの島に留まるぞ」
「ルフィ」「ルフィ」「船長さん」「ルフィ」
 ナミ、ウソップ、ロビン、チョッパーの声が唱和する。ゾロだけは片眉を上げてルフィを見ることで言葉に変えた。
「だって、サンジの帰還お祝いパーティーするんだからな! もちろんサンジの料理でさ!」
 にかっと笑ってルフィはそう宣言した。それを聞いてみなの顔に自然と笑みが広がっていった。───一人を除いて。



 サンジくんの意図がどの辺にあるのか、何も語らないまま出て行ってしまったからそのへんが引っかかるのよね、とナミが言うのを傍らに、ゾロは石畳の路地をずかずかと歩いていた。とりあえずナミの護衛を兼ねて(あら、だってルフィはできるだけおとなしく身を隠していてもらわなきゃならないし、アンタ暇でしょ。得体の知れない敵の目がどこにあるかわからないのに、かよわい乙女を一人歩きさせる気? とまくし立てられたのだ)何か新しいウワサのひとつでもないかと街を歩く。
 とは言うものの、ゾロは情報収集というものは全く持って不得手だ。なにせ持って回った言い方というものができない。知りたいことがあれば、ストレートに口で聞く。相手が知っていても答えてくれないときには剣で聞く。単純明快、簡単至極な人生だ。
そんなゾロを揶揄してサンジなどはよく、てめぇはストレートすぎんだよ、何事にも駆け引きってヤツがあんだよ、レディがダメって言っててもそれはイイわよ、ってサインなんだよ、少しは判れこのアホマリモ、などと怒鳴っていたが。
(でも怒鳴りながらも目が笑ってやがった)
 どちらかというとナミのお供といった様子で仏頂面で歩いていたが、ゾロの脳内ではいきなりいなくなったアホコックの声とか表情とかがちらちらと浮かんできて、それがまた何故か知らず苛々に拍車をかけていた。

「なあ、おい」
 市場でナミが値切り交渉をしている後ろで、ふとゾロの視線がとまる。
「うっさいわね。今いいところなのよ。おじさん、これはいくら何でも高すぎるわよ。ここ見てよ。ほら傷があって修復した跡があるでしょ。やっぱり二百ベリーがいいとこよ」
 ねぇちゃんにはかなわねぇなぁ、とうなだれる屋台のおっさんは無視して、
「アレ、あの小僧じゃねーか?」
「あん?小僧って何。アンタ、子供なんて向こうから裸足で逃げてくようなご面相してるのに」
「……っっせ!いちいちムカツク女だなー。ほら、俺らの船探ってたあのガキんちょだ」
「え?どこどこ?どこにも見えないけど」
「おりゃあ、目はいいんだ。ほら、あっちのあの緑の庇の影で、屋台を見てる。ん。こっちにゃ気付いてねぇな。よし」
「あ?ゾロ?アンタなに私を放っておいてひとりで……もう!」
 ナミの制止の声が聞こえる前に、ゾロは行動を起こしていた。その気になりさえすれば、人混みの中でも気配を殺してすいすいと歩くことは造作でもない。
 大きく回って目当てから少し離れた場所に立つ。そして周囲に仲間らしき人影がいないのを確認するとすっと背後に立って、ちょいちょい、と肩をつついた。
「え?」とジェイが振り返ったところを、
「よう」と片方の口の端を上げただけの笑みで挨拶とした。
 ひ、とジェイの喉の奥で音がしたかと思うやいなや、すぐさまその場を駆けだして逃げをうつ。その腕をがっし、と掴んで、
「なんだよ。つきあい悪りぃなぁ。ちょっくらてめぇに用があんだよ」
 と低い声で凄まれたからもうたまらない。ジェイは心底震え上がった。




 

(19) <<  >> (21)