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パラキシャル フォーカス(24)




 食えねぇジジイだ。
 ゾロは思いながら、ふと先ほどこの扉を先にくぐった男の存在が気になって視線を左右にめぐらした。それもまた読みとったのか、
「ああ、さっきの客は別の出口からお帰り願ったさ。ふふん、お前さんかなりヤバイ気を振りまいてたろう。尾行されているのは感づいておったぞ──まあ、とにかくここにはわしとお前さん以外誰もおらん」
「なら聞くが」
 どうもこのジジイは調子が狂う。むっとしたがそんな表情は意地でも出すまいと眉間に力を込めた。
「一昨日、金髪で黒いスーツの男がここに来なかったか? 俺ぁソイツに用があるんだが、実はイキナリ消えてしまって困ってる」
「…………」
 カウンターに肘を突き、重ねた手の甲に顎を乗せて老人はゾロをやや見上げる姿勢をとった。
「別に切った張ったのヤバイことをしようってんじゃねぇ。俺と同じ船の……まぁ、仲間だ。探してる」
「…………」
「おい」
 返事を強要しようとして、ゾロは口をつぐんだ。このクソジジイ相手にはあせりは禁物だ。しゃくにさわるが、向こうの出方を待ったほうがいいような気がする。
「そうさな」
 今度はたっぷり二分、間をおいてから老人はようやく口を開いた。その間まったく同じ姿勢を崩さずゾロの顔から視線をはずさなかったので、少しく不穏な空気が流れたが、ゾロはただ怒ったように睨み付けて返事を待っていた。
「そういうヤツは、確かに、来たな」

「……!」
「だが、その一昨日以来、ここへは来ておらんよ。イキナリ消えた、とな? 残念ながらわしはそれに関しては何も知らんし、知っていてもお前さんに言うつもりもない」
「……知っているのか?」
「だから知らんと言っておるだろう。知っていても、というのは言葉のアヤだ。彼はまぁ──わしの依頼人だったが、依頼は果たしたし、一昨日は満足してここを出て行ったよ。それ以降、彼が何をしようが、どこへ行こうがわしの知ったことではないな」
(依頼だと……? あのクソコックは一体何を依頼したんだ?)
 ゾロはサンジがわざわざ自分を振り払ってまで知られたくなかったらしい用事がこの老人への「依頼」と知って少なからず意外に思った。ので正直にそのまま思ったとおりのことを老人へぶつけた。
 が。

 ちちち、と老人は人差し指を顔の前で振った。
「それこそ、お前さんには言えんことだ。この商売もな、信用で成り立っているもんでな。堅気だけを相手にしているわけでもないわしらの様なもんは、信用が第一なのさ。客の依頼内容はそれこそその刀を突きつけられても言えないね」
「じゃあ、アンタのその商売って一体何なんだ……?」
 どうもこのジジイは変だ。今まで出会ったどんな男とも違う。海賊でもないし、一見堅気に見えるようだが、肝が据わった話しぶりはなかなかどうしてそこら辺の店屋のオヤジには真似できまい。この店も(店、なのか?商品は何も見あたらないが)何を取り扱っているのかもまるでわからない。
「お若いの。ロロノア・ゾロ。お前さんには用がなかろう。おそらくこの先も、な。もし知りたいのならば消えたお仲間を捜し出して彼から直接聞くことだ」
「だから、ヤツを探すために手がかりが要るんじゃねぇか──」
 ゾロの言葉を途中で遮って老人は言葉をかぶせる。
「悪いが。わしがお前さんに話せるのはここまでだ」
 そしてゾロに据えていた視線をふいと離し、膝においておいた新聞を再度広げて読み始めた。もう用件は終わったという風に。

 いきなりゾロはぽんと放り出されてうろたえた。だがもちろんそんなことは表情には出さない。このジジイからはもうこれ以上の情報は引き出せそうにない。どうしたらいいのか。次は。次の手は。
 ゾロはそっと自分の腹部に手をやり、ハラマキの上から、中の隠しにしまってある小さな球状のモノの感触を確かめた。それ─サンジの義眼─エターナルポース─をこのジジイに見せるべきか? 見せて、そうして、「これを知っているか?」と聞いてしまいたい衝動に、瞬間突き動かされた。
 だが、それはかなり危険な賭けでもある。
 サンジが義眼に模してまで後生大事に抱えてきたソレ──を、この得体の知らない他人に見せてもいいものかどうか。そこまでこのジジイを信用できる保証はどこにも、ない。
 コックの行き先に関する情報は欲しいが、このジジイにこちら側の情報を渡すのは躊躇われる。既に自分の名前は知られてしまっているのはまあよくあることだし、その点に関しての対処は慣れている。
ただ、コックに関しての情報は今回に限っては非常に慎重にならざるを得ない。ここで自分が下手を打ってあのクソ生意気なコックに不利な状況を造り出すことは避けたかった。
(もちろん、まあ多少困った事態になったところでヤツ自身でなんとかすンだろうが──)
 だが、すでに今「多少困った事態」になっているから、ここは慎重にしておくべきだ、とゾロの頭の中でイエローフラッグが立った。
 そっと、腹部にあてた手を戻す。
 
 最後に室内をもう一度一瞥して、新聞紙から視線を上げない老人に、
「邪魔したな」と声を掛けて今度は静かに扉を開ける。
 とりあえずわかったこと。
 コックはここへ来て、何らかの「依頼」をこのジジイと取り交わしそれはコックの満足いく形で終了したらしい。
 そしてそれは俺らには隠しておきたいものだったらしい。
 ──くそ。
 なんだってんだ一体。

 暗い室内から一歩外へ出ると、真昼の太陽が地面にくっきりと影を作っている。あまりのまぶしさに目をしばたたかせてから、元来た道をまた戻って行った。




 

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