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パラキシャル フォーカス(37)




 ■ ゾロの推理



「俺ぁな」
「んあ」
 二人はまた草の上に座り込んで海の方へと顔を向けていた。
「てめェがアレを俺に置いていって消えてから、随分考えた」
「……………」
「んで、てめェの身になっていろいろ考えてみた」
「……………」
「あの島へ着いてから三日目に。お前が俺を撒いてまでひとりで行った店にな、俺はあの後行ってみた」
「……行ったのか、あの店に」
「ああ」
「よく分かったな。てめェみたいな方向音痴が」
「まあ、たまたまな。お前が俺を撒いたあたりから歩いていったら、どうもアヤシイ動きをするちんぴらがいて、ちょいと後をつけたらあの店に入ったんでな、カマかけて聞いたみた」
「話したのか、あのオヤジ」
「いんや。肝心のことは何にも。くえねぇオヤジだな、あいつは。ありゃ誰だ?」
「あれはな、『細工師のジル』ってヤツだ。俺はあのオヤジのことをジジイから聞いて知っていた。グランドラインのあの島にいることも。もの凄い腕前で、何でも造り出すことが出来るし、何でも加工することが出来るってな。ジジイが贔屓にしてたヤツだ」
「どうりで。海賊ご用達かよ。えれぇ肝の据わったオヤジだった」
「ははっ。てめェでもそう思ったかよ六千万」
 賞金額を口にされ、ゾロはむぅっと口を尖らせる。
「怒るな怒るな。ジルはてめェのことをちゃんとロロノア・ゾロだと知ってたろう?その上でてめェに対してじらした上で何も情報をわたさなかった、とそこら辺かな」
「……その通りだよ……」
 唸るようにゾロが言う。
「まあ、俺もあの島で初めて会ったんだが──ジジイからよく聞いていたからな。あのオヤジもその昔は海賊だったんだと。何があったのかは知らねぇし、聞くつもりもないが、ある時から船を降りてあそこで店を構えるようになったんだと。一応堅気の客も分け隔て無く受け付けるらしいが、やっぱり今でも海賊相手の方が多いんだろうな。でもまあ、てめェは気に入られたんだと思うぜ?店を出てからも何もなかったろう?」
「……なかったが……」
「そりゃ結構。気に入らねぇ野郎相手じゃあ、ただ追い出すだけじゃあすまねぇらしいからな。まあ、てめェ相手じゃあ何か仕掛けても無駄だと踏んだのかもしれないがな」
「そりゃどうも」
「で」
 逸れた話を元に戻そうと、サンジがうながす。
「あのオヤジは何もしゃべらなかったよ。ただてめェが『依頼人』で、『依頼』をし、その結果に満足して帰ったとしか、な」
「それだけ、か?」
「ああ、それだけだ」
 むすっとした顔でゾロが言う。ちくしょう、あのオヤジ、今度会ったらやっぱり一度締めてやりてぇ。
「それで、てめぇはどうした」
「船に戻るしかねぇ。たまたま、その前日にあの小僧を広場で見かけていたんでな、もっと詳しい話を聞こうとしてまた拉致っておいたんだよ。ま、あの小僧がてめぇがメリー号を出てくところを見ててな、出て行くときお前が俺のコレを頭にまいてたって聞いて、みんな血相変えてたぜ」
「んー、まあ、それはちょっとおいておいて欲しいなぁ」
「ばか抜かせ。ナミなんかかなり怒ってたぞ」
「ああっっ!ナミさんのあの美しい顔を曇らせるなんて、俺ってなんて罪深い男なんだ……ってソレホント?」
「マジで本当だ」
「うわちゃー………」
「てめぇは」
 一拍おいてから、言葉を続ける。
「奴らを引きつけるためにわざわざ片目隠して自分が奴らの探している男だって印象づけながら船を降りたんだ」
「…………」
「自己犠牲、ってヤツか?それにナミは怒ったんだ」
「最初から考えてみるぞ。まず島に着いて、ルフィが襲われた。そして次に『ルフィ』が襲われたんではなく、『片目の男』が襲われたんだとわかった。その時点でてめェは、自分が狙われている理由がその義眼にあると分かっていた」
 一語一語確かめるようにゾロは言葉を綴る。
「だが、どうして今になってその義眼が狙われているのかが分らなかった」
 サンジは短くなった煙草を靴の裏でもみ消してまた次の一本に火をつける。視線は相変わらず水平線へと固定され、何を考えているのか、そもそもゾロの言葉が耳に入っているのか、表情では伺えなかった。かまわずゾロは言葉を続ける。
「そして次だ。ロビンが手に入れてきた、奴らの手下が持っていた紙切れ。あれに書いてあった謎めいた文章で、奴らの目的がほぼ知れた。『奇跡の水』。そしてそこへ導く『鍵』。昔その鍵を託されたのがガキだったころのてめぇだ」
「この時点では奴らは『鍵』が何なのかまでは知っちゃあいねぇようだ。そこがひとつだけてめぇの有利なポイントだった。ただあの紙切れにしっかり明記してあった『片目のガキ』。片目という特徴は酷く目立つ。幸いルフィだと誤解されていたが、早晩どうせルフィの正体はバレる。それから動いたのではせっかくの有利なポイントが役に立たないかもしれない。だからてめぇは賭けに出た」

「賭けに出る前に。メリー号の皆は巻き込みたくねぇなんてまたしょうもないこと考えやがって。どうせてめぇが狙われているのにそのせいで仲間を巻き込みたくねぇなんて思ったんだろうさ」
 サンジがようやく口を開く。
「……まあ、半分はそう言えなくもない、な。でも自己犠牲なんて高潔なモンじゃねぇよ。あれは俺のワガママだ。俺自身を俺たらしめているパーツの一つがどこから来たか知りてぇってやつ。俺ってさ、親の顔とか知らねぇし。おっと、それに関しちゃ別に何もねぇよ?ただまぁ、「コレ」に関しちゃあな──」
 そっと、軽く手で左目を覆って、ついでに右目も閉じる。
「どうしてもこだわりがあってなァ──」
 笑ってくれてもいいけどよ、と口の端を歪めて皮肉な笑みを作る。
「俺だけのモンで抱えていたかったのかもしんねぇ。つーか、あの場面で『コレ』が託された『鍵』だってこと皆に言ったら、俺のガキの頃とか、コレのこととか、いろいろ全部話さなくちゃならねぇだろ?──何かそういうのって同情引くようで嫌だし」
 スパスパと忙しそうに煙草を吸って半分ほどを一気に灰にした。内心、しゃべり過ぎたと思ってるのかもしれない。
(こいつは)
 自分はもういっぱしの大人の男のつもりで、ガキの頃があったなんてことも本当は思われたくねぇってか。ガキの頃からずっとこだわってるモンをまだ引きずってるなんて自分では女々しいとか思ってやがんだろうなぁ。
 考え考え、ゾロはゆっくりと言葉を口に乗せてゆく。
「……こだわるのは別に恥とかじゃねぇ、と思うぞ。人は誰でも「自分」が「自分」であるために『自分』を知りたいって欲求がある。てめぇのソレ、の因縁を知りたいってのは、自分を知りたいってことと同義なんじゃねぇか。てめぇがてめぇで在り続けるために。「自分」として立っているために」
 かなり長い間、沈黙が続いた。
 二人の間を風がざわざわと抜けてゆく。
「……ふん……」
 ようやくサンジが口を開いた。
「ご高説ありがとうよ。ならそういうことにしておいてやってもいい」
 少し俯いた顔は、長い前髪に隠されてどちらの目も見えない。だがゾロは、俯いているサンジの顔がどんな表情を浮かべているのか、なんとなくわかったような気がした。

「さて、続きを話すぞ。賭けに出ることにしたてめぇは、まずルフィから『片目の男』の称号を自分が引き継ぐように画策する。それが片目を隠した理由だ。そのナリでわざわざ夜が明けて明るくなってから船を降りた。そこらへんにいる筈の見張りに見せつけるためだ。実際、あの小僧がバッチリ見てたってよ。小僧はあのボスに報告し、その後俺にとっつかまって、同じことを俺らにも話してくれたがな。
 こうすることで、奴らの注意を船から引き剥がし、自分に引き付ける。もちろんてめぇが全部引き付けることが出来ればそれにこしたことはないが、どうしても少しは残る。そして俺を──利用した。
 船から降りる時点で何故わざわざバンダナで左目を覆って『片目』を強調したか。それまでは何も使ってなかったのに。理由は二つ。一つ目はさっき言ったようにてめぇこそが奴らの探していた『片目の男』であると見せたこと。もう一つは」
 ゾロはわざとそこで言葉を一旦おき、サンジの横顔を伺った。だが前髪を長く垂らしている左側しか見えず、片膝をついた上に煙草をその先に挟んだ腕を乗せ、だるそうにした恰好のまま動かない。
「そこに在るはずのモノが『無くなった』ことを示すため。当然、船から降りた時点で『無くなっていた』のだから、船に置いてきたと考えるのが順当だろう。そして、時間差を置いて俺が船を離れる。その時はすぐ『無くなった』モノと俺とをイコールで結ぶのは難しかっただろうが、ここへ着くまで結構日にちがかかったからな、ちょっと頭の回るヤツなら考えつくだろうよ」
 それにあの小僧に『モノ』を見られてたらしいし、と心の中だけで付け加える。

「実際、俺も途中までは気付かなかったよ。てめぇがエターナルポースを仕込んだ偽の『鍵』を用意していたことまでは、な」

「最初てめぇは鬱陶しい奴ら全員別な場所に引き付けて始末しちまうつもりなのかと思った。だがわざわざ島まで変えて引きずっていくなんてのは手間をかけすぎる。俺もかなり考えさせられたよ、てめぇが本当に意図するところを」
「そして俺に置いて行かれた義眼が本物じゃねぇ、って気付いた時にようやくパズルのピースが繋がった───相手は、十何年も昔の紙切れ一枚を理由に、ノースブルーから延々と追いかけてきて、今また島から島へと追いすがってゆくような執念の持ち主だ。おめェが船降りてから判ったことだが、奴らはノースブルーのみならず全世界で有名な製薬会社なんだと。それの裏の顔だそうだ。おめぇはそこまでは知らなかったかもしれないが、いい読みをしてたってことだ。今回俺らを追いかけてきた奴らを全員ノして消してしまっても、絶対奴らは諦めない。第二陣、第三陣と次々と追手をかけてくるだろうよ。まあ、もともと海賊やってて海軍なんぞに追われるのは慣れっこだが、それでも別口が増えるのはいただけない。それも自分一人が理由だとしたら。そこでてめぇはこう考えた」
 自分が考えた推理を非常な速さで組み上げ話しながら、喉が渇いたな、とボンヤリ頭の隅で考える。そういや最近美味い酒飲んでねぇ。
「この先二度と追いかけられないようにするためには、てめぇの持っている『鍵』を奴らに渡すか、それとも『鍵』自体が用をなさねぇと奴らに確信させるかしかねぇってな。前者の選択をとることは考えられず、当然後者しかない。だから奴らの目の前で『鍵』を壊すことにした。
 もちろん本物を壊すわけじゃねぇ。あらかじめ用意しておいた偽モンの義眼──そう、それがあの喰えねぇ細工師に依頼したモンだ──それを壊す。そしてそれはメリー号の俺に置いていったモノだ」

「だからてめぇの目的は」
 ゾロの話は続く。
「奴らを『あきらめさせること』。ただ蹴りとばしてハイお終い、ってするよりこれは遙かに難しい。とにかくキーワードの両方、『片目の男』=てめぇ、と『鍵』=俺、とを餌にして奴らを引きずり回し、最後に奴らの目の前で『鍵』を消滅させる。だが、俺やてめぇの手で壊してしまったら、後あと、それが偽物だった可能性に気づかれ、またいつか追手がかかるかもしれねぇ。
 とにかく、「完全に」「完璧に」「疑われないように」「奴らの目の前で」「不自然でないように」破壊しなくてはならない───これが最大の難問だった」

「まあ、てめぇもなぁ、クソコック。なかなか芝居上手かったぜ?途中、あのまんま全員ノして目撃者なしにするつもりかと思っちまったが。ありゃ最初、あのボス気取りのヤツのとどめをわざと刺しておかなかったんだろう?」
「…たりめーだ」
 ようやくサンジが一言、口を開いた。
「特にアイツには一番特等席で見ておいてもらわなくちゃならねぇと思ってたし。だが変に小細工しすぎるとさすがにあのクラスだと疑われかねねぇ。ある程度痛い思いすんのは覚悟してたさ」
「覚悟ねぇ。その割にゃかなり血ィ流れてっぞ?」
「るせ!いいんだよ俺が納得してンだから。いいからさっさと次話せ」
 応急処置として簡単に縛っておいた部分にじわっと赤い色が染みていた。実のところゾロも同様な有様だったのだがサンジはあえて指摘しようとはしなかった。

「次って言われても、これでお終いだ。てめぇは俺の到着を待ち奴らの集結を計り、芝居を打って、俺の手から偽モンの『鍵』が奴らの手にわたるようにした。一旦アイツの手に渡って、『鍵』が『鍵』であると確信させてから何か偶然を装って破壊する──まあ一旦奪い返すのがこの場合順当だな──そして揉み合ううちに海へ、ってのがシナリオか?いずれにしろかなり危ない橋を渡ったもんだ」




 

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