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パラキシャル フォーカス(4)




■見張り
はぁっ、はぁっ、と息を切らせながら簡素な見張り台へ上る。
簡単な雨露をしのげるよう、屋根らしきものはついているが、基本的に屋外だ。カチコチになった毛布をたぐりよせ、懐から堅パンをとりだし、ゆっくりとかみしめる。
しまった、何か飲むものも持ってくればよかった──。
後悔してもまたあそこに戻るのはいやだった。

ノースブルーの生まれ故郷を離れて、もう半年以上になる。
あの時、オキーフに胸ぐらをつかまれて宙ぶらりんにされながら、「何でもするから雇ってくれ」とやぶれかぶれに言ってみたところ、なんとその要求が簡単に通ってしまった。
以来、よくわからないが彼の仲間と称するグループの雑用係として働くことになったのだ。
最初のうち故郷の街にいるときは、あそこへ行ってこれこれの物をとってこい、だの、ここを掃除して磨いておけ、だのあごで使われながらとても幸福だった。何しろ自分の稼ぎで母親と幼い弟妹が食べてゆけるのだから。
しかしそれも長くは続かず、それが航海の準備のためのものだったことがいずれ解ると、家族のもとを離れるのが実感としてわき、不安と、見知らぬ世界への畏怖とでちょっぴり泣いた。
出航するときすらも、家族が港へ来ないよう厳重に言い渡され、そのときようやく、自分が属するのはどんな組織なのか、乗り込んだ船は一体どこを、何を目指しているのか何も知らないことに愕然となった。
ジェイはまだ幼いながらも頭の回転は速く機転も利いた。常にお腹いっぱいには食べられない生活から、体が小さいため軽く見られることが多かったが、実際にみかけで判断されるよりは遥かに物事を理解していたし、自分でもそのことを自覚していた。
だから、出港時に感じた怖れを無理矢理ねじ伏せると、自分自身で周囲の男たちの会話に耳をすませ、それらをつなぎ合わせてこのグループが一体何なのか、そして彼らの目的を探りだそうと努力した。
彼らの会話からわかったこと──このグループはオキーフをリーダーとしているが、更に上の人物がいるらしいこと、その人物はかなり高齢らしく、今回の航海には同道しないこと、その代わり代理となるオキーフが全権委任されていること、目的はある「モノ」を探すことらしい─と、ここまでは割と簡単にわかった。
しかし、その「モノ」が時として「人」だったり、どうも探す対象物がなんだかはっきりしない。
はっきりしないのは他のメンバーも同様らしく、結局この島に着くまではそれ以上のことはわからなかった。
だが。
ここへ来て「麦わら海賊団の一味で、片目の男」がとりあえず目標ということが今朝はっきりリーダーであるオキーフの口から語られたのだ。

堅パンは水気なしではなかなか飲み下せず、ひたすらもぐもぐ咀嚼を続けながら望遠鏡で沖合を見る。もう少しづつ太陽は高くなり、朝焼けでと朝もやであれほど苦労して確認した船影は今では容易に視認できるようになった。もう少し近づけば望遠鏡なしでも帆に描かれたあの人を食ったような海賊印が見えるだろう。
同じ船の中には同年代の友達などはいなかったが、うまく立ち回り、それなりに大人達に可愛がられてはいた。単に便利に使われていただけかもしれなかったが。それでも時折どうしてもいいようのない寂しさに胸を押しつぶされそうになる時もあり、そういうときは人々の中にいるよりは独りでいて、その寂しさをそっとやり過ごす方法を覚えた。そのほうが早いことを、知らず、覚えた。

「片目の、おとこ」
ごくり、となんとか堅パンを飲み下してつぶやいた。海賊やっていればそんな傷をつくることもあるだろう。簡単に見分けられる目印だ。目立つ。
もうすこしこっちの方向に近づけば。あの船は針路を変えてしまうだろうか? 甲板にいる人間を視認するにはまだちょっとかかる・・・。
どこに接岸するのだろう。港には入らないだろう、とオキーフは言った。それでも上陸が可能で、船を安全な、島の風下にならない場所に停泊させるとすれば、西の入り江が可能性が一番高いとジェイは計算した。
それならば、眼下に見える岬の突端に身を伏せて隠れていれば、その目と鼻の先を通り過ぎるはずだ。
 
ジェイは、自分の勘を信じて見張り台から飛び降りた。あの船が岬を通り過ぎる前に、あの突端に辿り着いていなければならない。
走り下りながら、時折伸び上がるようにして船の針路を伺うと、やはりこちらへ針路を変えたようだ。
(いいぞ)
胸の中でひとりごちながら、足はますます速く地面を蹴ってゆく。下り坂なので勢いがつきすぎると転びかねない。ちょっとスピードを緩めて息を整える。
ようやく目指す場所につくと、木の枝が生い茂っていてむこうからは見えないところを選び、さらに下生えの中にはいつくばった。
もう肉眼で人影が甲板やハリヤードの上に動いているのが見える。
 


「ジブシート、もっと引いて!ウソップ、あんたのその右手のヤツ!」
若い女だ。髪の色がオレンジと言っていいくらいの淡い茶色、いや濃いブロンドか?
「おお、これくらいか?」
信じられないくらい長い鼻。どんぐりのようにぱっちりとした目。コイツじゃない。
「少し舵戻して!ゆっくりね!風に舳先を向けるように。こんな島に近いところで風下に流されちゃたまんないわ!」さっきの女。どうやら彼女がリーダーなのか?こんな海賊船で?
「ナミ〜、舵の効きが悪いみたいなんだ。あまり手応えが感じられない。」
船室から顔を出した生き物に、ジェイはぎょっとなった。
あ、あれって何だ?毛むくじゃらで・・・でも言葉をしゃべってるし。
でも、少なくとも片目じゃあない・・・よな・・・。
ごくり、と喉を鳴らす。
「ゾロ!キャプスタンの準備はいい?それが終わったらメンシートについて!合図をしたら一気に繰り出して、メンスルを回すから!ウソップ、あんたはチョッパーのとこ行って、舵をみてやって。」
次に船室から姿を表わしたのはちょっと怖い顔つきをした男で。返事もせず、ひょいと肩をすくめただけで言われたポジションにつく様子を見て、あ、コイツ女に指示されてあまり気分がよくないんだな、とひと目でわかった。コイツも違う。
「んナミ、さぁ〜〜〜ん!オレは?オレは?何でも言って!」
こちらから見えるのとは反対側の甲板にいた金髪の男がなにやらでれでれした声でオレンジの髪の女に呼びかけた。
彼は?
長い前髪が風にあおられてばさばさとあおり、顔がよく見えない──。
「ナミッッ!」
次の瞬間大きく発せられた声が、船中の人間とジェイをそちらに注目させた。
マストの上、見張り台のてっぺんで。
麦わら帽子をかぶった男が顔じゅうをにっかり笑顔にして、こう言った。

「一番メシ屋に近いところに泊めてくれ!!」
 
とたんに一斉に起こる「アホかーーッッッッ!」の唱和の中、男は「いいじゃんかよぅ」と笑み崩れた。
 
──見つけた。

麦わら帽子の下、その笑顔には黒いアイパッチが装着されていた。


 

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