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パラキシャル フォーカス(7)




街から船を停泊している入り江まで少しある。
とは言っても、そんなに大した距離ではない。サンジとゾロが酒のケースを抱え、自分たちもかなり酒の匂いを漂わせつつ戻ってきたのはまだ宵の口とも言える時間帯、いかがわしい通りはこれから賑わいを見せる準備をようやく始めたころ、というくらいの刻限だった。

「ルフィが襲われたァ?」
戻ってきて、甲板にどっこいしょと酒をさすがに5ケースも置けば息がそれなりに上がっている。
そこへおかえりも早々に最初に告げられたのが、ゴム船長襲撃(未遂)事件。
んまぁ、海賊やってりゃ、それも賞金首とくれば、イキナリ襲われるのも日常茶飯事、といっていいくらい慣れたことで。
ルフィが襲われたと聞いても、ああ、またかィ、とまるで今年は雨が多いから菜っぱものが高い、という話と同列程度に聞いたのだが、なんだかちょこっといつもとは様子が違うらしい。
ナミの話では。
「んん〜、何かね、こう、いつもと感触?がちょっと違う、というか」
なんだよ、と言外にゾロの目が尋ねる。
「だってね、ルフィを目指して来たのは間違いないんだけど・・・。こう、賞金首だ!って感じではなかったのよ。いつももっと殺伐としてるというか、『コイツが本当に一億ベリーの?』とかいうとまどいとかもなかったし、『討ち取れば一億だぜ!』みたいな気負いもなかったし。でも先にルフィが暴れたからといって報復しに来たわけでもないの。ただ立ち食いとかしながら歩いていただけなんだから。ホント」
だから訳わかんないけど、と。

ルフィは上陸早々にメシ屋でさんざっぱら飲み食いして、あっという間に支給分の金を使い切った。その後はぶらぶらと街中をあっちをのぞき、こっちに首を突っ込みと歩いていたところ、ナミとばったり会い、ちょうどいいわ暇ならちょっと荷物持ちしなさいよ、とショッピングバッグの山を押しつけられたのである。
「持つのはいいけどよ〜。アイスくらいおごれよな」
なんのかんのいいながら、ナミとルフィは仲がいいのだ。ナミにとってルフィはまだまだ手のかかる弟のようなものでありながら、幾度となく訪れた危機的状況には、彼の中に「男」の萌芽を見いだし、その「男」の部分に自分が惹かれつつあることを冷静に自覚していた。いつか彼の男の部分が明確な雄となってもっと表面に出てくるかもしれない。その時自分はどう受け止めるのかまでは分からないが。
「いいけど、シングルよ」
「え?せめてダブル!いいじゃん!ケチー」
「・・・ルフィ。この陽気でのんびりアイス舐めてたら手が汚れるでしょ!私のお買い物にちょっとでもイチゴアイスフレーバーなんかつけたら絶対許さないからね!」
「じゃぁ、あっちの焼きトウモロコシで手を打つ!」
などと表面上は本物の姉弟みたいな会話をしつつ、ナミは心の奥に「ちょこっと先の関係」問題を押し込めた。ショッピングは楽しかったし、こんな気持のいい日につまらないことは考えたくなかったので。

そしてトウモロコシを食べながら(結局ナミも一緒に食べた)、大通りからちょっとまがった路地へ入った途端、数名の男たちに取り込まれた、ということだ。
「雰囲気は、そうねぇ、そこらへんのゴロツキというほど下卑たヤツラでもなかったけど。でも別の海賊団がたまたまこの島にも来ていた、ってことかも」
まあ少なくとも海軍ではないから、それだけはよかったけどね。とナミは締めくくった。

でもルフィの賞金を狙っての襲撃ではないとまでは、さすがに誰しも想像してはいなかった。それほどまでに高額な一億ベリー。いい加減賞金首としての自覚を持って、少しは目立たないように多少の変装は必要だ、と幾度ナミは言ったことか。
しかし、賞金首であることを誇らしいと思うことはあれども、隠すつもりは一向にないルフィ(とゾロ)にしてみれば、変装なんて面倒臭い以外の何者でもない。
街を歩いていて襲われたら振り払えばいい。それが出来ないくらいなら最初から海賊など名乗っていない。

「ナミさんは!ナミさんは無事だった・・んだよね?どこも何ともないよね?」
サンジは目の前に立つ若い肢体を心配そうに振り仰ぐ。このボン・キュッ・ボンのナイス以上にナイスなお身体に傷ひとつもあっちゃならネェ!と常々思っているその心中を知らずかそれとも察してわざとかわしているのか、ナミは少しだけ睫毛をふるわせて、
「ん、大丈夫だけど・・でもちょっと怖かったわ。何か暖かい飲物でもいただける?」
はぁ〜〜〜〜い!ただいま!と騒がしいコックがラウンジへ消えた後、また街の方を振り返ってナミがつぶやいた。
「変よねぇ・・・」
何か奇妙なことを誰かが言っていた気がする。その言葉が思い出せれば、何かが喉の奥にひっかかっているようなこんなイライラした感じからは解放されると思うのに。身体が向きを変えて歩き出しても、目だけはまだしつこく街の方角をすがっていたが、やがてあきらめてラウンジへと向かう。

キィ、とラウンジのドアをきしらせて入ると、
「どうぞナミさん。疲れたときには甘いものを。身体も心もホッとするからね」
「ありがと」
たとえ彼のふりまくナミへのラブコールがいくらバカらしくて鬱陶しく感じても、彼の提供するもっと現実的なもの=飲食、は、彼以上に確かな安逸をもたらしてくれた。そしてそれは誰にとっても平等に注がれていたのである。
ラウンジでサンジが煎れたホットココアをカップを両手で包むように持ち、そのぬくもりと香りも同時に味わいながら、ふと目を上げる。

奇妙に感じていたことの正体がすとん、と思い出せた。

「そうよ・・・『多少の傷はつけても、生かして連れてこい』って言ってたんだわ。ルフィの懸賞金は『生死に関わらず』なのに」



 

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