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永遠より長く無限より短い一瞬(3)

 





 ──黒い。
 ──闇。
 ねばりけのある闇の中に身体だけが浮かんでいる。
(ここはどこだ)
 闇の中に白い腕がこちらに向かって伸びてくる。なめらかなその腕はとても綺麗に見えた。だけどゾロはその腕がすごく怖いものだと知っていた。真っ黒い闇の中をもがくように腕から逃げる。ちゃんと足で地面を蹴っている感触はなく、かといって空中を飛んでいるような感覚もない。ただ右も左も上も下もない黒い空間を腕とは反対方向へ進もうともがいていた。
 ──記憶の蓋が開く。
(おまえなんか、生まれてこなければよかったのに)
 それを言ったのは誰であったか。息苦しさにハッと目を開ける。
 夢だ。夢にすぎない。
 自分の胸が動悸をはげしく打つ音が、真っ暗な寝室に響いていた。いや、響くわけがない。これは単に体内を通じて血流の流れる音が鼓膜を打っている、それだけのこと。
「…ッはぁ…」
 落ち着かせるために深く息をつく。ベッドから抜け出してキッチンへ行き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して一気に飲んだ。
 ふと、自分がじっとりと汗をかいていることに気がついた。何かすごく不安にさせる夢だった。具体的な映像も具象も何一つ覚えていないが、鳩尾のあたりがムカムカしてたまらない。
 この苛立ちの原因はわかっていた。
 妻のアレキサンドラが妊娠していたという事実は、ゾロを打ちのめした。
 ゾロは、妻を熱烈に愛していたとは言えないものの、傍に居られることに対して自然に感じる程度には好いていた。それはすごく控えめな表現かもしれないが、あまり人付き合いがいい方とは言えないゾロにとって、他人を自分のテリトリー内に入れて平然としていられること自体が稀であったことを考え合わせると、アレキサンドラは充分以上に別格だったのだ。
 そのアレキサンドラが、ゾロが自分を愛していないと、つまりはゾロの愛情が自分にとって満足できるものではないとして、去った。
 ゾロにしてみれば晴天の霹靂だった。それまで確かに研究一筋の剣術バカで他人からすれば面白みのない人間だとは思っていたものの、妻はそんな自分をたくさんの人間のうちから選び、共に人生を歩もうとしてくれた、いや、してくれていたと思っていた。それがゾロには信じられないくらいの出来事で、何の文句もつけようもなく、ただただ伴侶を、自分の理解者を得られた嬉しさだけが彼を満たしていたというのに。
 突然のアレキサンドラの別れ話にゾロは驚いたものの、頭の隅でうっすらと納得している醒めた自分がいることを自覚していた。
 確かに彼女との関係は、彼女が最初から指導権を握っていたようだし、ゾロは与えられた「夫」という役割に満足しきっていたために、彼女へ「何か」を──それを彼女は「愛」と呼んだのだが──向けることを怠っていたように思う。
 いや、怠っていた、というより、最初から思案の外だった。しかしそれに気付いていたとしても、「愛情」を義務で向けられたのではアレキサンドラはやはり遅かれ早かれ同じ申し出をしていたことだろう。

 だが、ゾロが理解し納得できたのはここまでだった。アレキサンドラは別の男と通じていながら、どうしてゾロの愛を欲していたのか。
 通俗的に考えれば他に男が出来て、ゾロと別れて新しい男と新たに生活を始めたいが、離婚理由をゾロに非があることにしたかった、ということだろう。
 しかしそれなら、あの夜の彼女の行動が説明がつかない。ゾロに別れると言ったときの彼女は、本当にゾロが自分を向いていないことに憤りと哀しみを表わしていたし、スピードオーバーの深夜のドライブも衝動的だ。
 それともただの火遊びの結果なのか──それにしても火遊びならばもっと上手くやる筈だ。彼女とて馬鹿ではない。あとの可能性としては、彼女の意志が介在していない一方的な性行為だろうか。それに一人で悩んで、ゾロに打ち明けようとしていたとか──?
 彼女の体内に命があったという事実だけがポンとそこに存在し、その理由も結果も、全てが可能性というおぼろで不確実なものでしかなかった。アレキサンドラが彼岸に渡った時に、全てを一緒に持っていってしまい、それを知るすべは永遠に失われてしまったのだ。


 ゾロは最近夢を見るようになった。同じ夢だ。
 真っ暗闇の中を白い腕が伸びてきて、ゾロを捕まえようとする。ゾロはその腕が、ほっそりとしてシミひとつなく綺麗だけれど何故かとても怖いものに見えて、ひたすら逃げるのだ。
 その意味は分からない。その腕の持ち主は何故かアレキサンドラではない、と不思議と確信が持てたが、それだけだ。相変わらず夢の中でゾロは腕に追われ続ける。
 



「ドクター・ロロノア」
「…何だ」
「あのう、そこの制御プログラムなんですが、n値が博士の指示ですとどうしても規定より0.03%ズレが生じてしまうんですが…」
「───」
「え、えと、つまりボクが思いますに、n値はこちらの数式から導いてやった方がスムーズにいくんじゃないかと。いや、すみません、勝手な意見を言ったり。ボクのような若輩者が、あの、」
「──いや、それでいいんだ。私の単純なミスだ。君の言うとおり、そちらの数式を使用すべきだ」
「え?」
「次へ進みたまえ。そう、その行だ」


「なあ、ドクター・ロボ、最近おかしくないか?」
「うん、オレもそう思ってた。なんかつまんないところでミスするし。話しかけても上の空だったりするし。ま、研究以外では確かに上の空だったりすることもあったけど、研究室の中でああいう風だったことはなかったよなぁ」
「恋わずらい?」
「ありえねぇー! あのロボマニア・ロボノアがそんなタマじゃないってば! …っイテ!」
「…アホウども。んな話、こんな廊下でしてんじゃねぇよ。ロロノアはな、奥さんを交通事故で亡くしたんだ。つい最近。それで沈んでいるだけだろ」
 スミマセンッ! と反射的に首をひっこめて謝った先には同じように白衣を着て、しかし珍しい淡い色のついた眼鏡をかけた長身が若い二人を見下ろしていた。
「……そうでしたか。でも早く復活して以前のようなバリバリのドクターに戻って欲しいっすよ。オレ、マジにあの人に憧れて必死に勉強してこの研究室入ったんですもん」
「そうだよな。ドクター・ロボノアはオレらの希望の星、つーかまんまロボット工学のスターなんだから、オレらの目標として燦然と輝いていて欲しいんです」
 若い後輩二人を苦笑の面持ちで見やり、白衣の長身、つまりドクター・コーザがもう一度ポカリと頭をこづく。
「そんなの、誰しもみんな思ってるさ。もう少し時間をやれよ。ヤツだって人の子だってことだったんだろ。大丈夫、時間が全てを解決してくれるもんさ。それとな、」
 声を少々潜め、にやりと笑って付け足した。
「ロボノアじゃねぇよ。ちゃんとロロノアって言え。そのうち本人を目の前にしてぽろっと言っちまうぞ」
 ロボット工学(ロボティクス)の権威、ドクター・「ロボットマニア」・ロロノア。略してドク・ロボノアは広く影で囁かれているゾロの愛称だった。

「よう、ゾロ」
 部屋へ入ると軽く声を掛けてゾロの傍に椅子を引き寄せて座る。ゾロは一心不乱にモニターをチェックして、時々手元にメモを取っていた。そのゾロの横顔を見て、コーザは眉をひそめた。
(驚いたな。葬儀の際に会ったときより、よっぽど酷い顔をしてやがる)
 ゾロの目は落ちくぼんで、頬はこけ、顔色はさながら幽鬼のように青白い。いや、青黒いといったほうが正確か。
 とにかく血の巡りが悪いようで、在学中に全国大会で覇者となったときの血色のよい顔色は欠片も見いだせなかった。優勝して面をとったとき、汗を飛び散らせながらも顔いっぱいで笑っていた、あの健康そのものといった若者は遠い記憶だけになってしまったらしい。
「調子はどうだ? 今度のプログラムは何を目指してるって言ったっけ?」 
 胸の奥に過去のゾロの笑顔はムリヤリ押し込めて、コーザはあくまでもさりげない口調で言った。
「…んー……」
 返事をしたようなしないようなうなり声だけあげてゾロはモニタから目を離さない。コーザの存在を意識に入れてはいるのだろうが、モニタの向こうに頭の中を完全にダイブさせていて、会話まで意識が回らないようだ。
 見ると部屋を入ったときにはメモをとっていた手がキーボードの上をめまぐるしく走り始めた。特別あつらえの広いモニタ上では、パパパ、といくつもウインドウが開き、ものすごい速さで数字と記号が画面上を流れてゆく。それを睨みつつ、ゾロの手は別のウィンドウ上で別の数字と記号を打ち込んでゆく。
 その様子を脇で見ながら、やっぱりコイツはトンデモナイ天才だ、とコーザは内心思った。
 ゾロの様子が変だって? 確かに変だよ。だが昔からコイツはこんなヤツだった。一つの事柄に集中し始めたら、ヤツにとって周囲はもう存在しなくなる。この異常なほどの集中力も才能の一つだと判っている人間はどれだけいることか。
「身体だけは気をつけろよ、ゾロ」
 そっと言ってコーザは部屋を後にした。ゾロはそれにも気付いたか気付いてないのか無言のままキーボードを打ち続けていた。



 コーザの心配を余所に、ゾロはますます研究室に籠もるようになり、皆でやる共同作業や共同研究発表の時はほとんど上の空で「ああ」とか「そうだな」程度しか言葉を発しないようになってきた。
 顔色はますます白くなり、頬はこけ、眼窩は落ちくぼんであまり睡眠を取っていないことが外見からもわかる有様だ。
 ゾロが「何か新しい研究」に没頭しているのは、奥さんを亡くしたことを忘れようとするあまりだろう、と好意的に見る人もいたが、日がな一日ほとんど誰とも口をきこうとせず、廊下ですれ違ってもブツブツ呟いて、挨拶してもろくに言葉を返して来ないゾロを、大半の人は段々と薄気味悪く感じ始めていた。
 そうして一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎ、半年を過ぎるころになると、尊敬と愛情を込めて囁かれていたドクター・ロボノアの呼び名が、畏怖と忌避の意味合いをまとうようになってきた。
 ロロノア夫人の事故死を機に、ゾロは全ての講義、パネルディスカッションなど人前に出る仕事をキャンセルした。その後時が経過するにつれてぽちぽちまた依頼が増えてきたが、それらも全て断っていたため、世間から見ればゾロは忽然と姿を消して隠居したかのように見えた。学会へも顔を出さず、同じ研究室で先輩にあたるコーザはしょっちゅうゾロの様子を尋ねられ、そのたびに曖昧な苦笑いで誤魔化すのだった。





「まさか博士から連絡をいただけるとは」
「なんだ、まさか迷惑だったとか言うんじゃないだろうな」
「とんでもない! ただ、うわさでは博士は奥さまを失った哀しみのあまり、人と会うのを、その──」
「人間嫌いになった、ということか?」
「まさか、そんな意味では──」
「ふん…まあ、あたらずとも遠からず、というところか。人間嫌いで引きこもりの偏屈ドクター・ロボノア、ね。聞くつもりはなくてもそれくらいは聞こえてくる…。別に人間自体が嫌いになったわけじゃない。単に新しいプログラムを開発してただけだ。ただ、コイツに関してはひとりで完成させたかったのと、他人の雑音を入れたくなかったので、意識的に人と会うのを避けていたと言えば言えるかもしれない」
「博士の単独研究ですか」
「まあ、そうだ」
「それで、つまり私を呼び出したのは、その研究が完成したというわけで──? 私どもグローバル・ロボット社の製品に載せて試したいということですね?」
 ゾロはその直裁な質問、というよりは断定の言葉には何も答えずにふいと立ち上がって部屋を横切った。バーカウンターでボトルからウィスキーを二個のグラスに注ぎ、ソファに戻る。ひとつを男にすすめ、もうひとつを軽くあおってから、おもむろに口を開いた。
「その質問に答える前にまず言っておきたいことは、私はこの研究成果を公表するつもりはない、ということだ。というか、今後どのような結果が出るかについてあまりにも未知なシロモノなため、すぐには公表できない、と言ったほうが正確だな」
「すると博士は動作テストを博士おひとりでなさるおつもりで?」
「そうだ。全て私ひとりが行う」
「失礼ですが、大丈夫ですか?」
「…どんな意味だね」
「いえ、あの」
 ふい、と男は視線をそらせてしまう。確かに新しいモノの開発というのは、チームを組んで検証に検証を重ね、絶対安全と確証を得てから市場に出すのがセオリーだ。ことロボットに関しては、人間の生活に密接に関わるため、間違いなどというものは許されない。もし万が一、ロボットが原因で人間が傷ついたり、生活が脅かされるようなことにでもなって損害賠償で訴えられたりしたら、莫大な賠償金はもとより、社としての今後の信用に関わってしまう。
 実は些細な事柄では常に会社は訴えられているのだ。その対策として専門の弁護士と契約をし、勝訴もしくは示談に持ち込んでいることは実はそれほど知られていない。まあ、ほとんどの案件が持ち主(オーナー)の指示が不明瞭だったことによって引き起こされた瑣末な出来事だったりするわけだが。
(ばかだな。目の前の男はこの分野の第一人者中の第一人者じゃないか。彼に出来ないことは他の誰にも出来ないとまで言われた男だぞ)
 男の逡巡を見て見ぬふりをして、ゾロが言う。
「君も知ってのとおり、三原則を曲げることは、陽電子頭脳の基盤そのものに関わることだから、どんな新しいプログラムを載せたとしても、ロボットが人間を傷つけるようなことは絶対にしでかさない。というより出来はしないのだ。その点については私が保障しよう」
「…わかりました。しかし博士はこの研究成果を公表なさるおつもりはない、と先ほどおっしゃいました。それではテスト用に最新の素体を提供するわたくしどもには、見返りに何がいただけるのでしょう? 率直な言い方をお許しください。ですが会社というものは利潤がなければ動かないということをどうかご理解いただきたいと思います」
「それは至極ごもっともな要求だな。ではこうしよう。最新素体を私に提供するのと引き換えに、以前君が言っていたセクサロイドを開発することに手を貸そう。それでどうだね?」
 男はゾロの言葉を聞くや、目に見えて明るい顔になった。
「それはもう…! 願ってもないことですよ! いやあ、よかった、博士が考え直してくださって! マーケティングの連中はもう自信満々で需要を説くし、その気になった上は上で、実用化へ向けて開発部をせっつくけれど正直お手上げだったんです。博士が手を貸してくださるならもう百人力ですよ。ああ、これで私もこれ以上やいのやいの言われなくて済みます」
「では、詳しいことはまた後日あらためて打ち合わせようか」
「はい、社へ戻って細部を詰めて、契約書類のたたき台を作成してまいります。もちろん、博士にご満足いただけるような素体を見繕いますよ! これ以上ないくらいの最新モデルをね。どうぞ期待していてください」
 言い終えると、男は上気した顔を隠そうともせずに、慌ただしくゾロの家を辞去していった。





 そうして二週間ほどが過ぎたある日、大きなトラックがゾロの家に横付けされ、その荷台から頑丈なプラスクリートの箱が家の中へと運び込まれた。
「どうです、博士」
 グローバル・ロボット社の営業マンはここ毎日のようにゾロの家を訪問してはゾロの注文に応えるべく奔走していたのが、ようやくこれで最後とばかりすこしばかり隈ができた目を輝かせてゾロを振り返った。
 ゾロは自分の身の丈よりも大きな箱を注意深く開けた。
 中に横たわっているのがロボットだと予め知っていなければ、息づくこともない白い顔に、死体のそれを感じただろう。唯一の違いは「それ」の手が自然に身体の側面に沿って置かれていることぐらいか。
(胸の上で手を組んでいたら洒落になんねえよなぁ)
 あまりにひっそりと横たわる「それ」にゾロは妙な感慨を持った。
(死体と違うところは、コイツはこれから動くってことだ──命を吹き入れるなんて大層なモンじゃねぇが、これから俺がコイツの「マスター」になる。神サマ代理ってところかな。まあ、こんな偏屈な神もいたもんじゃねえだろうが)
「どうしました? 博士、起動キーを。私は下がってソレの視野に入らないようにしていますから、マスター登録をなさってください」
 ロボットは工場出荷後、最初に起動したときに視野に入った人物をマスターと認識する。もちろん出荷前に購入者のデータはプリインストールされており、名前と人物像データは与えられているが、三次元で実際に「会う」ことで正式にマスター登録が為されるのだった。
 ゾロは起動キーを首の後ろ、人間でいえば延髄にあたる箇所に差し込んで、一歩下がって待った。
 「ソレ」の瞼がゆっくりと持ち上がり、まっすぐ前にいるゾロを見た。
(青い目か)
 金髪、碧眼ってのは受けを狙ったモンか──ゾロは内心そっと舌うちする。まあ、見映えがいいに越したことはないが、あまりにもハマリすぎだぜ、これじゃ。
「はじめまして。このたびはお買いあげありがとうございます。私はグローバル・ロボット社製品番号WEI-FS45EIF980s、タイプ2240-MSX-Zです。これからどうぞよろしくお願い致します。マスター・ロロノア・ゾロ」
 ソレは低いテノールでなめらかに自己紹介をした。製品番号を自己紹介と言うならば、だが。
 整った顔。こりゃあ万人受け狙いだろうけど、出来過ぎだぜ。顔の造作は、確かに醜いよりは見栄えがいいほうがいいだろうが、あまりに綺麗すぎると返って反感を持たれるってことぐらいは判るだろうに──ゾロは機会ができ次第、このロボットの顔を変えてやろうとひっそりと決意した。
「やっぱりこれもアレ用の素体なのか?」
 ゾロはロボットの背後に隠れるように立っている営業マンに呼びかけた。視線はロボットからはずさないまま。
「は、まあ、ええと、そうです。別に博士に含むところがあるわけではないのですが、今現在、一番最新のモデルがそのタイプなのです。といいますか、あとは博士のプログラムを待っているだけなのですが。まあうちの開発チームもいろいろ試行錯誤しておりまして。見た目とか、あと皮膚の触感とかはよくできておりますでしょう? 顔の表情筋と、あと手の指先の神経は通常よりも多くの筋電位を使用しているんです。それとですね、」
 立て板に水のようにセールストークをしゃべり続けているのを、一段声のトーンを落としてゾロの耳もとで囁いた。
「舌、にですね。力を入れておりまして。通常サイズより大きく長く造られておりまして。その上非常に微細な動きができるんです」
 ゾロはそれには無表情に頷いたが、ふと気がついて尋ねた。
「その舌は味もわかったりするのか?」
 そこまで力を込めて造ったのなら、本来の用途も可能なのか、と振り返る。
 それに答えたのは営業マンではなく、当のロボットだった。
「いいえ、マスター。私の舌は人間の舌の味蕾に該当する機能は備えられておりません」
 意外な方面から返ってきた答えに、ゾロは驚くでもなく頷いた。
「…ふん…それは不便だな。だがもともと食事をする必要がないんだから、味を知覚する必要もないってわけだ」
「はい、マスター。ただし味覚に換えて、マスターの嗜好に合わせるためには口蓋部分にあるセンサーで成分分析をし、プリインストールされているベース料理の「味データ」から細かな調節をいたします。ご安心ください。味覚はなくても、充分にお役に立つことができます」
 なるほどね。
 充分、つーか、「十二分に」役立つってわけだ。まあいい。所詮ロボットは人間の役に立つために造られた機械にすぎない。家電製品と一緒だ。たとえその姿がどんなに人間に酷似していようとも。
 それにこれから自分がテストを行うことを考えたら、同情めいたものなんか感じるのもばかばかしい。
 「ソレ」は一歩踏み出して自分から箱を出た。そうしてゾロの前にまっすぐ歩み寄ると、ふんわりと笑って言った。
「お役に立てれば光栄です。マスター」





 

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