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竜の覇者(4)




「その後は短剣の騎士が僕が足を折っていることに気付いて、自分が使っていた短剣を副え木にして簡単に手当を施してくれました。自分の手当の方が先ではないかと僕は思い、そう言ったのですが、彼は平気だとだけ言って、そこに転がっていた長剣を自分の腰に帯びて、完全に伸びてしまっている長剣の騎士を竜の背にくくりつけました。短剣の騎士は──というかその青銅竜の騎士は──竜がその騎士を助けたから、伴侶であることは間違いないと思いますが──何も言わずに僕を抱え上げ、有無を言わさず竜の背に跨(またが)らせ、騎乗帯に掴まらせたのです。彼は騎乗衣を脱ぐと、それで僕をくるんで、僕のすぐ後ろにぴったりくっつくようにして乗り、そのまま三人を乗せて飛びたちました」
「その青銅ノ騎士は結局、名乗らなかったのね」
「はい。彼は終始無言で、僕は初めて乗る竜から振り落とされまいとしがみつくのでせいいっぱいで、何も言葉を発することができずにいました。そしていきなり真っ暗になり、前後も左右も何も感じられなくなって、骨まで凍えそうだと思った途端、その後の記憶がありません。あれが間隙というものだったのだと今なら判りますが、その時の僕はパニックに陥って何が何やら必死で叫んでいたような気がします。その次に気が付いたらマキノさんと療法師の方が僕を覗き込んでいたというわけです」
「彼はどこの大厳洞の騎士かしら? あの日は糸降りがあったから、急いで所属の大厳洞へ戻ったのだとは思うけど、それにしても自分の大厳洞へサンジを連れていかず、ここにひとり放り出すような真似をして、何も言わず、姿も見せずに消えてしまったなんて」
「大怪我をしてた、って言ったよな?」
 シャンクスがぽつりと確認するように言った。
「ええ。服の上からなのでよく見えませんでしたが、たくさん血が出ていました」
「そんな大怪我をした竜騎士、それも青銅ノ騎士だろ? 他の大厳洞へ問い合わせてみればわかるだろう。ただ、その青銅ノ騎士が別の竜騎士と戦っていたということと考え合わせて、多分彼は知られないように隠れてしまうだろうから、おおっぴらに問い合わせずにそっとつてを辿(たど)って聞くのが一番だろうな。ロビンの協力が要る。今日明日は無理だが、気長に探してみよう」
「探してどうするの?」マキノが単純に尋ねた。
「どっちにしてももうサンジはここで面倒を見ることは決定でしょ? なら別にわざわざそんな竜騎士を捜さなくたっていいじゃない」
「いや、俺の好奇心てヤツさ。何かこれには裏があって、面白いことになりそうだって俺の勘が言ってる」
 ニヤリ、と意味深な笑いをしてシャンクスはウィンクを投げ、部屋を出て行った。
 後に残されたマキノもひとつ肩をすくめると自分の仕事に戻っていき、後にはサンジと戸口に佇んでいたゾロだけが残された。ふたりは何も言わず顔を見合わせた。
 



(小さなガキだ)
(こいつを手なずけて家に忍び込ませるようにしよう)
 饐(す)えた臭いのする息がむっと鼻をついた。
 見知らぬ男達の自分を見る目が冷たくて、サンジは身体をさらに縮こまらせた。彼らはついさっき一座の大人達をつぎつぎと襲い、抵抗を奪った後に悠々と座長の金庫をこじ開けて中身を全部袋に入れ替え持ち出していた。
 サンジは物陰に隠れて震えながら一部始終を見ていた。そのまま気付かれないでやりすごせる所だったのに、運悪く、引き上げる途中の男の一人が何かにつまずいて、サンジの居場所を遮っていた幕を引き裂いてしまったのだ。
 伸びてきた手に抗(あらが)ったものの、力の差は如何ともしがたく、簡単にひきずられ、担がれて運ばれた。手足を縛られて隅に転がされたまま、あとは放っておかれた。盗賊たちは今はサンジより戦利品の方に関心が集中しているようだった。
 何度ももがいて縛っていた縄をゆるめると、そろりそろりと動いてあたりを窺う。このままだと盗賊の一味に否が応でもさせられてしまう。いやだ。旅芸人の一座の暮らしは辛いことの方が多かったけれど、人を傷つけることも人から財産を奪うこともしなかった。
 扉の影に身を潜めて外を窺(うかが)った。
 見張りフェルが小さく鳴いて、サンジを励ました。大丈夫、今なら誰も見ていないよ、と。
 震える身体をぐっと我慢して、身をかがめてそっと影の中へと忍び出した。そのまま影を伝って城壁の下へと行く。
 ありがとう、元気で。
 サンジも見張りフェルにそっと返して思い切って外へと乗り出した。これからは誰もいない。たったひとりぽっちだ。
 旅芸人の一座でも一頭だけサンジの友達がいた。他の大人たちはみな自分のことしか考えていなかったので誰もサンジを構ったり優しくしたりすることはなかったから、サンジはいつも腹を空かしていたが、それよりも一人ぽっちだという事実が一番辛かった。それを慰めてくれた友達。鱗に覆われた醜い見張りフェルもまたやせ細っていた。
 あのフェルは盗賊たちが来るまえに最後の息を引き取った。そのせいもあって盗賊たちは易々(やすやす)とサンジたちの天幕に入り込めたのだ。
 ここの見張りフェルはあの年寄りフェルほどではなかったけれど、灰色の固い鱗とぶかっこうな短い足はやはり醜く哀れを誘った。
 あの空を駆ける優美な竜と遠い親戚にあたるというのは噂にすぎないのか、真実の欠片を含んでいるのかはわからない。それでも、フェルもまたこの大地に根ざして生きるものたちの一員であることには変わらない。その見張りフェルとのたった一夜の友誼(ゆうぎ)をサンジはずっと忘れなかった。



「──ンジ。サンジ?」
「ああ、はい、すみません。何でしょう」
 あの時逃げ出したのがサンジにとってよかったのか悪かったのか。
 飢え死にしかけ、竜騎士たちの戦いに巻き込まれ、大怪我してもうダメだとさすがに諦めたのはたった数日前のこと。しかし今は暖かい寝床に栄養のある食事に、自分のこれからを案じてくれる人々があり、彼らは親身にサンジの面倒をみて、笑いかけ、安心させようと心を砕いてくれる。
 サンジは自分の置かれた状況がこうも一変してしまったことに戸惑い、にわかな幸運をうけとめきれずにいた。

「こっち来いよ、サンジ!」
 ゾロがまたどこかへ連れていこうとサンジの手をひっぱる。ゾロはこの大厳洞を隅々まで知っていて、サンジをあちこち案内しているつもりになっているらしい。
「こら、ゾロ! 今、サンジに新しい服をしつらえているんだから、連れていかないで。いえ、連れて行くのはいいんだけど、あと一分待ちなさい」
 マキノの声が追う。マキノは大厳洞の下ノ洞窟ノ長というものらしい。大厳洞という特殊な場所は、竜と竜騎士たちだけが暮らすものだとサンジは漠然と思っていたけれど、実際にはそれ以外にも大勢の大人と子供がひしめき合っていて、マキノはその中でもかなり位の高い責任ある地位にいるのだとこれもゾロから教わった。
 マキノの仕事は大厳洞および騎士の岩室の家事一般を取り仕切ることで、大勢いる女人たちに指示を与え、食事や衣類の世話、童児たちの世話、岩室の管理などを監督している。
 ゾロはこのマキノの養い児だといい、サンジもそうなるのだと言った。
「ということは俺たち乳兄弟だよな?」
 すでに乳を飲むような年ではなかったけれど、同じ養父母の下で生育される子供はすべからくそう呼ばれることになるらしい。
 養い児になるらしいということは別段感慨を呼ばなかったけれど、兄弟、という言葉には何かくすぐったいようなわくわくするような感触を憶えた。保護者もしくは後見人は今までも座長という存在がいたけれど、年の近い、一緒にあちこちひっぱり回されるような存在というものは、サンジには全く初めての経験だった。
「待ちなさいったら」
 マキノはぴしりと低い声で言った。大声を出さずとも、マキノのきっぱりとした言い方には、有無を言わさず従わせる迫力がある。
「あなたがた二人に言っておくことがあるの」
 サンジに備蓄の中から引っ張り出してきた上着をいろいろあてて似合うかどうか確かめながら言った。
「……統領からの伝言でね、この間サンジが統領に話したこと、サンジが見た竜騎士同士の戦いについては他言無用だそうよ。ゾロもいいわね」
 いっときも手を休めないでマキノは続ける。
「サンジがここへ来たのは途中までは話してもいいわ。ただ、サンジの足を折ったのは、おそらく旅のならず者がやったことだろうとしておいて欲しいって。まあ、サンジ自身記憶がないんだからそれはうまくごまかせるでしょう。襲われて気が付いたらここに放り出されていた、ということにしておいて。いいわね?」
 ゾロはマキノを見て、彼女がさりげなさを装いつつ真剣だということに気付いた。サンジと同時に黙ったままこっくりと頷(うなず)く。遠回しではあるがこれは大厳洞ノ統領の命令だった。一体それがどれだけの重要性があるのか、サンジもゾロも、誰もこのときは知らないままだった。


 

  

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