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竜の血脈(29)




「一体なんだってこんな早くに降り始めるんだ?」
「予報では一番早くて来週の筈だっただろう!」
「今日は予想外に暖かかったからか? それにしても早過ぎる!」
「周期表もあてにならないな!」「火焔石を早く!」「俺の騎乗帽はどこだ!」「俺の騎乗帯はまだ修理中なんだ! 予備を回してくれ!」「火焔石だ! 火焔石をもっと!」
 たちまちのうちに大厳洞中が蜂の巣をつついたような騒ぎになった。サンジもすぐに呼び出される。
「洞母サンジ! こちらにいらっしゃいましたか! 洞母ロビンと下ノ洞窟ノ長がすぐお越しいただきたいと!」
「わかった! 今すぐ行く! ちょいと待て!」
 怒鳴り返してゾロに向き直った。無言のままで見つめ合う。
 先に視線をはずしたのはサンジの方だった。くるりをきびすを返して騎士たちが集まっている鉢の広場へ向かった。
「アレック!」
 サンジは慌てて装備をつけ、竜たちに火焔石の袋をくくりつけている騎士たちの合間を縫って統領を掴まえた。
「なんだ」
 折しもアレックは飛翔隊長たちを集めて緊急対策をひねり出そうとしているところだったので、苛々とした調子でサンジを振り返った。
「竜児ノ騎士フェラーロと褐竜リーチスが、フランク師を乗せてラテント支流へ視察飛行に行ったんだが、まだ帰ってきていない」
 ざわっと周囲がどよめいた。
「ラティエスもリーチスを感じ取っていない。それほど離れてはいないはずなのに。何かあったに違いない」
「しかし、糸降りが始まっているんだぞ!」
「わかってる! だからなおさら危険なんだ! 早く見つけて保護しなければ…動けないところを糸胞に襲われたら!」
 恐ろしい映像が全員の心に浮かんだ。皆一様に黙りこくる。
 アレックは狼狽えて目を左右に走らせた。どうしたらいい? 予定外の糸降りでただでさえ対応が心許ない。長い冬のあとの最初の糸降りだから、なおさら古参の騎士を中心に編隊を組んで慎重にあたりたいところへもって、この急な糸降りだ。とにかくセオリー通りに無難な方法を採ろうとしていたところへ、この報せは彼の判断を鈍らせた。
「捜索隊を編成する必要がある。誰か飛翔隊長と──」
 サンジが言いかけたところをアレックが遮った。
「ダメだ。今は割ける人員がいない──」
「何を言っている?」
「運がなかった──より小さな損害ですませるべきだ、今は──」
「テメエ、何を言ってるのか分かってンのか! 彼らを見殺しにするわけにはいかないだろ! それくらいなら俺が──!」
 サンジが激昂し、なおも声を上げようとしたところを、低いがよく通る声が遮った。
「俺が行く」
 落ち着きはらった一言はその場を圧倒した。誰もが目を瞠っていつのまにか現れた元統領を見つめていた。
「ゾロ…。でも、」
 サンジが何かを言いかけたのを片手を軽くあげて制し、アレックの顔をひたと見つめて言った。
「割ける人員がいないんだろ? 員数外の俺なら適任じゃねえか。それに竜児ノ騎士は俺の責任範囲だしな」
「だが、飛べないアンタがどうやって見つけるというんだ!」
「飛べるさ」
 軽く言い放った一言に、アレックはその言葉が真実だと直感した。
「…いいだろう。それならアンタに任せよう。何も俺だって被害を出したいわけじゃない」
「よし。それなら竜児ノ騎士全員でその任にあたる」
「ヒヨッコばかりで!?」
「任せる、と言った筈だろう。それなら最後まで信じて任せろよ」
 ゾロはその返事は待たずにその場に背を向けて歩き去った。ぽかんとその後姿を見送ったアレックは、既にゾロが杖を突かずに自力歩行をしていることに気づいていなかった。

「…サンジ?」
「うん?」
「何かいいことがあったの?」
 掃討(そうとう)飛行のルートの確認をとりながらロビンに指摘される。サンジはにやりと笑って言った。
「折れてしまったと思われていた虎の牙がね、本当は折れてなくてさ、それがちらりと剥き出されてバカにしてたヤツらを威嚇したんだよ」
「なにそれ。一体何のお話?」
「なんでもないよ。さて俺らもそろそろ行きますか? お嬢さんがた、用意はいい?」
(イツデモ)(トックニ準備ハデキテルワ)
 黄金色の竜たちは優雅に羽ばたくと、光を弾いて飛び立って行った。

「ジム! ロバート! 全員手を貸してくれ! それとヤソップ! あんたの力が要る!」
 どやどやと竜児ノ騎士がゾロの周囲に集まった。先ほどのゾロとアレックのやりとりをほとんどの者が聞いていたので、みな緊張が顔にみなぎっていた。
「緊急事態だ。聞いた者もいると思うが、フェラーロとリーチスが、フランキー師を乗せてラテント支流へ視察飛行に行ったまま、帰ってこない」
 そこでひとわたり居並ぶ若い騎士見習いたちの顔を見渡した。
「俺たち竜児ノ騎士が捜索の任にあたる」
「ゾロ、お前正気か?」
「正気も正気さ。俺たちがやらなければ、フェラーロとリーチス、フランキーはどうなる? 大丈夫、俺が現場の指揮を執る。ヤソップ、アンタは悪いが後陣に控えてくれ」
「ゾロ…」
「リューマチの具合がよくないんだろ?」
 にやりと片目でウインクをして、すぐに竜児ノ騎士たちに向き直った。
「よっし、テメエら、よく聞けよ。まずは訓練どおりに小隊ごとに分けて飛ぶ。小隊のリーダー、まあ本来なら飛翔隊長だな、それは年長組の五人が務める。リーダーを先頭に三角の編隊を組め。それぞれの三角は重ならないように、リーダーは横に拡がった縦針陣を作る。ま、大きく扁平なこれも三角形だな。それで支流の上を飛んで探すんだ。これだけの目があれば必ず見つかる。
 そうして見つけたら次は救出にかかるが、動けない原因がわからねえと対処の方策が立てられねえ。最悪、リーチスを運ばなければならないことを想定してネットは持参してゆく。しかしまず見つけることだ。各自竜同士で連絡を密にして、リーダーに報告。各リーダーは俺に報告すること。いいな。それじゃあ行くぞ!」
 あっという間にブリーフィングを済ませ、ゾロはいつの間にか手にしていた騎乗帽を被り、これもいつの間にかすぐ脇に控えていたバシリスの背にひらりと跨(またが)った。
(おお)
 忙しく立ち働いていた下ノ洞窟の住人たちも、久方ぶりに見るゾロの勇姿に一斉に感歎の声を上げる。
 秋の収穫祭からこちら、ひっそり練習していたゾロは、既に背によじ登るのに苦労をしていたとは微塵も感じさせないくらいの身のこなしになっていた。
「行くぞ!」
 号令一下、これも鮮やかに流れる動作で飛び立つと、あっという間にハイリーチェスの稜線と同じ高さまで昇る。
 竜を通じてゾロの思念が全員に行き渡った。
「いいかお前ら。まず落ち着いて、訓練どおりに飛ぶんだ。今は糸胞のことは忘れろ。こっちに飛んでくることはまずねえし、もしあったとしてもベテランのハイリーチェスの騎士たちが食い止める。まずは捜索だ!」
 さっと統率のとれた動きで若い捜索隊が糸胞迎撃隊とは別方向へと飛んでいった。


 

  

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